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通信教育もやっています!

各学年・各教科とも40回もの添削指導!
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杉並区、練馬区、世田谷区、板橋区、中野区、新宿区、西東京市、武蔵野市、三鷹市、小金井市におすすめの直接契約の家庭教師のご紹介。

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⊿の家庭教師のことならおまかせ下さい。

   講師との直接契約による家庭教師のご案内です。  

個人契約で家庭教師やっていますプロの家庭教師の石原慶一です。
学習塾・個別指導塾・家庭教師を数多くやってきたプロの家庭教師です。
現在、小学校の中学受験指導から高校生の文系教科まで幅広く指導しており、数多くの生徒様を指導いたしています。

私は、つまずきの原因をつきとめ、懇切丁寧、イラストを用いたわかりやすい指導を心掛けています。
性格的には、やさしく粘り強く指導するタイプです。
同世代の男性教師にありがちの、頭ごなしに叱ったり根性論を振りかざして指導するタイプの教師ではありません。
精一杯頑張らせていただきたいと思っておりますので、何卒よろしくお願い申し上げます。

杉並区に住んでいますので、片道1時間以内のエリアであれば、905000円、1206000円で家庭教師をやっております。交通費もテキスト代もいただきません。

これまで、家庭教師だけでも50人以上の生徒様方を指導してきました。
学年の最下位にからはじめて、高校入学へ向けて指導したたお子様も何人かいらっしゃいました。

中学受験のお子様を指導したことも何人もいらっしゃいました。
偏差値レベルの高い中高一貫校の内部進学のために指導したお子様もいらっしゃいました。

全て、私が責任持ってご指導いたします。ぜひお気軽にお声かえ下さい。
詳しくは、以下です。

 指導可能エリア 

杉並区 練馬区 世田谷区 板橋区 中野区 新宿区 渋谷区(一部)北区(一部)
西東京市 武蔵野市 三鷹市 小金井市 国分寺市 国立市 立川市
 

 指導時間 

●90分コース  1回90×毎週
●120分コース  1120×毎週

ただし、色々なパターン設定が可能です。

 指導料金 

●190分で5,000円(税込)           
●1120分だと6,000円(税込)
少し割安になります。
 

 交通費 

いただきません。

 テキスト代 

 いただきません。こちらで準備いたします。
学校や塾の課題・提出やフォローを中心とする指導をお願いされる場合、
そちらのテキストを優先して使います。
また、適切なテキストにお困りの場合は、「自力塾」の資料を使います。

 指導対象学年 

小学生

小学校4年生~6年生(中学受験も可能です)

中学生

中学校1年生~3年生

高校

高校1年生~高校3年生(文系受験)

 指導可能教科 

小学生

国語・算数・理科・社会・図工

小学生(中学受験)

国語・算数・理科・社会・図工

中学生

国語、数学、理科、社会、英語、美術

高校

現代国語・古文・世界史・日本史・政治経済・現代社会・倫理・英語

生物基礎・生物・数学A・数学B

 指導可能曜日 

 月・火・水・木・金 

土・日・祝祭日は、お休みさせていただいております。
ただし、土曜日は、振替に充てる日として使用する場合があります。
 

 現在のスケジュールの空き状況 

現在のスケジュールの空き状況です。
クリックして空き状況をご覧の上、お申し込みください。

現在

●午前中の空き 5コマ(月・火・水・木・金)
●お昼過ぎの空き 2コマ(火・金)
●夜の空き 1コマ(火)

 兄弟同時指導につきまして 

兄弟同時指導につきましては、お受けいたしておりません。
「兄弟で12学年違うだけだから、そんなに内容が変わらないだろう。」とおっしゃる親御さんもおられますが、1年違うと内容は全然違うものです。
ですので、何卒御了承下さい。

 振替につきまして 

 振替をご希望される場合は、事前にお申し付けくださいませ。(指導日当日でも可です。)

 その他 

・週2回・3回の設定もOKです。
・週2回を1時間と2時間にするのもOKです。
・急なお休みもOKです。
・振替のご要望もOKです。
・試験前や夏休み・冬休みでの追加講習もOKです。
上記、様々に対応いたしますので、ぜひご相談下さい。
とにかく、その月に指導した時間数のみを月末にご請求いたしますので、その月に指導時間が発生した分のみを、月末に御支払いいただくだけです。
 

 お申し込み方法 

お申し込みは、いろいろな方法でできます。
下の方にあるメールボタン・PDF・ワード・エクセルなど様々な方法でお申し込いただけます。
メールでお申込みいただく際には、

保護者の方のお名前

お子様のお名前

性別

お子様の学年

ご依頼される指導教科

ご依頼される曜日

ご依頼される時間帯

郵便番号

住所

連絡先お電話番号

上記項目をメールでお知らせください。
こちらから折り返し、お電話させていただきます。
ご注文は、以下にあるメール、faxでもお申込みいただけます。

メールでご注文 お問い合わせ

ワードでご注文

エクセルでご注文

PDFでご注文

商品名を入力してメールで発注できます。

このワード書類に商品名を入力して、添付メールかFAXで発注できます。

このエクセル書類に商品名を入力して、添付メールかFAXで発注できます。

PDF形式の発注書をプリントアウトし、手書きの発注書としてFAXできます。

 お支払方法 

毎月、指導する最終日に請求書を持参いたしますので、
その月に指導した分の講習料を現金でいただきます。

ただし、お振込みでお願いなさりたい場合は、以下にお振込みされてもかまいません。

振込先金融機関名・口座番号・名義

三菱東京UFJ銀行
志村支店(186
普通0755494
石原啓一

みづほ銀行
吉祥寺支店(246
普通1106962
石原啓一

ゆうちょ銀行
店番008
口座番号0763408
記号1004
番号7634081
石原啓一

三菱東京UFJ銀行
西荻窪支店(店番号748
普通0047875
y-honpo株式会社

 

ゆうちょ銀行
店番〇〇八
記号10050
普通5462133
名義人y-honpo株式会社

 尚、領収書がお入用な場合には、お申し付け下されば、毎月発行いたします。

 講師の経歴 

 

19595月、熊本市に生まれる。
19833月、熊本大学教育学部卒業。小・中・高校の免許取得。
➡熊本県公立中学校教諭
➡教材会社企画勤務
➡各社大手学習塾講師・個別塾講師・家庭教師

 連絡先 

090-7406-6444(石原携帯)まで
167-0041 東京都杉並区善福寺2-11-3

こんなお子様はいらっしゃいませんか。

塾に通っているけど、一向に成果が出ない。
学校や塾の授業はきちんと聞いているはずなのに、テストの点数が思ったように伸びない。
暗記の仕方がわからない。
毎日の勉強の仕方・スケジュールの組み方がわからず、毎日の学習の習慣づけができていない。
テスト前に、何をいつぐらいからやれば良いのかわからない。

家庭教師の効果

最も効果的な学外教育のシステムは、何でしょう。

集団指導より、少数のグループ指導、
グループ指導よりは個別指導塾、
個別指導塾よりも家庭教師。

大人数の集団指導制の学習塾は、学校とほとんど同じになって、飛躍的に成績が伸びることはありません。
また、集団塾は、学校以上にスケジュールがタイトに組まれているので、わからない生徒さんは、どんどん置いていかれます。
ですから、確かに、各生徒さんの実情に沿った指導をする家庭教師が最も効果的です。

最近流行りの動画による授業はどうでしょう。
スカイプによるリアルタイムの授業は、効果があるでしょうが、一方通行の一斉配信による動画授業は、結局は集団指導と変わりはありません。
運営サイドの人件費削減こそが、最大の目的です。
生徒さんの方も、見ているだけで「受けた気になる」「わかった気になる」だけです。

無料アプリによるものも多くあります。
しかし、人というものは、タダのものは大切にしません。
人は、苦労して手に入れたもの、お金を出して手に入れたものは大切にします。
教育コンテンツについても同じことが言えます。

家庭教師の最大のメリットは、生徒様とのコミュニケーションだと考えております。
通信教育だと、どうしてもこの部分がなおざりになってしまいます。
どこでつまずいているのか、何が本当にわからないのか、何がわからなくしている原因なのか。
これらのことは、生徒様とのコミュニケーションの中からしかわかりえません。
私自身、学校も塾も経験しましたが、家庭教師をやってからが本当に色々なことが見えてきました。

しかし、家庭教師は、確かに高いですよね。
高いので、週に1回、せいぜい1時間半か2時間程度しか指導が受けられません。
塾だと、家庭教師と同じ値段で、34日通うことができますので、どうしても塾の方を選んでしまいがちですよね。
しかし、生徒様の現状とそれぞれのレベルに沿って指導をしていく教育は、家庭教師の右に出るものはありません。
結局、家庭教師だけは、値段だけの効果はあると私は思います。

映像授業の問題点

 学校の授業であっても、先生の話を聞いて無い子は聞いてません。
また、聞いていても、先生が何のことを言っているのかわからない子もいます。
授業が映像化されても、これについては同じことです。
ですから、映像授業については、何らメリットは無いのです。
人件費が削減されて、受講するのがタダに近いというだけです。
映像授業は、生徒がわからないからと言って、懇切丁寧に教えてくれるわけではないですし、眠っていても注意してくれるわけではありません。
映像授業が終われば、受けた気分、わかった気分になるだけです。

実は、動画にも問題点がある

タブレットによる動く画像。
図形を動かしたりして面積の関係を示してくれたりします。
私自身も、これが世の中に出てくるまでは、こんなのがあれば良いのにと思っていました。
ところが、実際に動いている場面を見ると、ちっともわかりやすくないのです。
そもそも、数学などの図形や関数、いわゆる平面認識や空間認識の力というものは、文章や動いていない図形から、いかに自分の頭の中でシミュレートすることができるかが大事なのです。
私は、この能力のことをシミュレート力と言っていますが、動画はこの力をそいでしまうのです。
シミュレート力は、静止画や文から頭の中に動画や場面を構築する力なのです。
それは、動画によって培われるものではありません。
静止画や文章によって培われるものなのです。

 

ここから以降は、成績を上げるコツ・暗記の方法などです。
保護者の方ではなく、主として生徒様本人に対して書いたものです。
お子様の教育やお子様の日々の学習の参考にしてください。

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暗記の重要性 暗記の仕方

ケアレスミスの無くし方 その他、 重要な勉強方法について

成績を伸ばすコツとは(各教科について)

 各教科に必要な能力と教科間の関連性

 次のような考えを持っていると成績は伸びませんので、まずは考えを改めましょう。

「勉強ができることはかっこ悪いことだ。」「まじめは恥ずかしい。」などと思ってはいないか?
これはとんでもない考え方です。
勉強ができることは、悪いことではありません。
勉強ができることは、良いことです。
決して恥ずかしいことではありません。
しかも勉強ができるようになると、まわりの色々なことが変わります。

勉強というものを馬鹿にしていないか?
「馬鹿になんかしてない」と思うかもしれませんね。
では、以下はどうでしょう。
「世の中には、勉強よりももっと大切なことがあるんだ。」
とか、
「勉強ができなくても幸せな人はいる。」「勉強ができなくても立派な人はいる。」
と思っていたり、または、誰かにそのように言われてはいないでしょうか?
「勉強ができるから幸せな人」はいます。
「勉強ができないけど幸せな人」はいます。
「勉強ができないから不幸な人」はいます。

だけど、

「勉強ができないから幸せな人」はいないのです!
「勉強よりも大切なものがある」というのは、「勉強をしなくても良いのだ」と、勉強から逃げようとしている自分自身を無理やり肯定する言い訳をしているのです。
「勉強よりも大切なものがある」と考えた時点で、それは勉強を馬鹿にしているのです。
そうすると、君は勉強に嫌われます。

これは、お金についても同じことが言えます。
「お金があるから幸せな人」はいます。
「お金は無いけど幸せな人」はいます。
「お金が無いから不幸な人」はいます。

だけど、
「お金が無いから幸せな人」はいないのです!
勉強の他に大切なものはあるでしょう。
しかし、それが勉強よりも大切と考えてはいけません。
勉強も、お金も、それ以外のものも、同じように大切なのです。

だって時間が無いんだもん。「時間が無い」なら時間をつくれ
時間は、気持ちによって伸び縮みします。
本当にやらなくてはならないということについては、時間があろうと無かろうと「時間はつくらなくては」なりません。

「やる気が出ない」は言い訳です
やる気が出ないから勉強ができない?
勉強というものは、やる気があろうと無かろうとやらなくてはならないものです。
やる気は関係有りません。
やる気の無いことを勉強のできない理由にしてはいけません。
大人の社会では、「やる気が無いから今日は仕事ができません」で許されるわけはありませんよね。
「今日はやる気スイッチが入らないから家庭教師に行くのを休みます」という先生はいません。
やる気の無いことを理由に、人々がやるべきことをやらなくなったら、世の中は動かなくなります。
そして、君たち子供のやるべき仕事・やらなくてはならない義務は、他でもない勉強なのです。

「あとでやる」は「いつかやる」はずっとやらない
伸びる会社は、すぐやるクセをつけている会社です。
できる社員は、すぐやるクセをつけている社員です。
できる生徒は、すぐやるクセをつけている生徒です。
ほとんど、世の中はこの通りになっています。
なるべく先延ばしにせず「今」やりましょう。

下を見るな上を見ろ
「もっと点数の悪い子がいたもん」「○○ちゃんは私より低かったもん」
などというのが口癖になっていないか?
はっきり言って、このようなことは、成績が下位の子ほど口にします。
上位の子は、ほとんど聞いたことがありません。
成績が下になると、自分よりももっと点数が下の子を探して、何とか自分のポジションの言い訳をつくりたがります。
成績が上の子は、最初から下を見ていません。
自分自身がどれだけできるようになったかにしか興味が無いからです。
他人のことなどどうでも良いのです。
自分が成長できたかどうかです。
下を見ると、下に引き込まれます。
上を見上げると、上に行くことができます。
しかし残念なことに、下に行けば行くほど、下の方を見下そうとします。

「勉強は、社会に出てから役に立つのか?」と思っている君へ
「式の計算やら文法とか、何の為になるんだ?」
そう考えている生徒も多いですね。
では、役にたたないから勉強しないのか?
役に立つことしか身につけないのか?
何かやる理由が見つからないと勉強しないのか?
これは、要は勉強したくないための(自分に都合の良い)言い訳でしかありません。
では、どうぞ勉強しないでください。
すると、あなたは将来どうなっていくでしょう。
上の学校にも行けず、もちろん大学にも行けず、その結果、自分のやりたい仕事に就けなくなることは間違いないでしょうね。
勉強があなたの将来に役立つかどうかでは関係なく、勉強しないと、あなたは社会の役に立たない人間になってしまうのです。
勉強しない人間は、社会の方から役に立たないと思われてしまうのです。
さて、上の「勉強は、社会に出てから役に立つのか?」に対する答です。
かなりの割合で役に立っています。
中学で習う式の計算、連立方程式ぐらいは、どこの会社の事務作業でも、エクセルでリストをつくるときには必要な技術です。
また、世の中は、商品名や各種タイトルに英語表現を使用しています。当然、英単語の知識ぐらいは必要です。
建築・配管工など各種技能を取得するためには、最低でも高校数学の三角関数や微分・積分は必要です。
印刷関係・出版関係・コンピュータ関係では16進数を使用します。
つまり、あなたが考えている以上に、もっと高度な学問が日常的にそこいらの会社でも使用しているのです。
今勉強している内容が(自分から見れば)高度だからと言って、生きていくのに必要無いと勝手に判断してはいけません。
実際には、世の中ではもっと高度なことが必要とされているのです。

世の中に出て必要でないものは、やる必要がないと言えるだろうか
そもそも世の中に出て必要でないものはやる必要がないと言えるのでしょうか?
それを言うのであれば、ドッジボールやサッカーも不要です。
もちろん、テレビゲームも不要ではありますよ。

そんなことは100も承知です。

「勉強しなくとも生きていける。」と思っている君へ
はっきり言います。
勉強しないと生きてはいけません。
子供の頃の生活は、主に勉強と勉強以外の楽しいことの2種類に分類されていますよね。
というか、君たちはそいうふうに感じて生活しているのだと思います。
だから、勉強というのは、楽しくないこと、苦しくていやなこと。
と思っているのでしょう。
だから、学校を卒業さえしてしまえば、もう勉強なんてしなくても良いし、この苦しみから抜け出せると。
ところが、そうはならないのです。
社会に出ると、生きること・生活・仕事の隅々にまで学習したことがかかわっていることに次第に気づくことになります。
レジ・税金・保険・ローン・割合・比率・ものの価格・仕入れ・売値・設計・会社や店舗の名前と旧国名・外国語と商品名・タイトルなどなど
学校生活のときは、勉強と生活はかけはなれたものだったでしょうが、社会に出ると一体化しているのです。
というか、社会に出て困らないように学校で必要なことを学んでいるのです。
しかも、さらに言えば、コンピューターなどの発達、外国との交流などにより、自分の学んできたことよりも文明の進化の方が早いので、常に新しいことを学んでいないと、世の中についていけなくなるのです。
世の中には、

A:勉強しない人
B:大学を出るまでは勉強したが、それから先は勉強しない人
C:一生勉強する人

3種類の人がいます。

かつては、会社にはパソコンが無く、皆そろばんと手書きの伝票を使っていました。
1990年代に事務所内がOA化され、これが使えない社員は、窓際に追いやられました。
今や、会社で働くためには、最低でもワードやエクセルというアプリケーションが使えないと話になりません。
戦時中に教育を受けた世代の人は、アルファベッドも読めないまま終戦を迎えました。
しかし、戦後は急速に英語が使用され始め、街のあちらこちらの看板やら広告やら商品名に英語が使われ始めました。
だから、この世代の人は、大人になってからアルファベッドを独学で勉強したのです。
そうしないと生活できなかったからです。
さて、君たちは現在スマホを操作し、それでゲームや音楽をダウンロードしていると思います。
おそらく、自分たちが時代の最先端の文明を享受し、操作できているという錯覚を抱いていると思います。
そう。それは錯覚であり思い込みです。
いつの時代の人間も、自分たちが一番優れた文明の人間だ。だから、昔の人よりも頭が良いのだという錯覚を抱きます。
弥生人は縄文人に対して、江戸時代の人間は室町時代以前の人間に対して、明治の人間は江戸時代以前の人間に対して。
しかし、これはあなた以外の、ほんのごく一部の、誰か頭の良い人が考え付いたものにあなたが乗っかっているにすぎないのです。
人間そのものは、いつの時代もそう進化してはいません。そう賢くなっているわけではありません。
スマホを操作している君、今はスマホが最先端ですが、それはすぐに昔のものになります。
そのとき、君はその新たなるものの操作方法を学ばなければ、すぐに時代に追い越されることになるのです。
このように、勉強は一生し続けなければならないものです。

「今のままで良いんだ。」と思っている君へ
また、現状を維持する為には、今以上の努力をしないと落ちていきます。
この論理は、企業の成長にもあてはまることで、現状を維持する為には、その上への成長を目標として目指さないと、現状よりも必ず落ちていきます。

楽しようとするな
勉強は、誰でも面倒くさいものです。
特に暗記はつらいですよね。
楽しようとする方法はありません。
勉強という苦労から逃げずに、楽しようとせず頑張るしかないのです。

小さいときはみんな勉強が好き
小さい頃(幼稚園の頃やもっと前)の子どもは、みんな新しいことを学ぶのが大好きです。
では、どうして勉強が嫌いになっていくのでしょう?
それは、自分の思っていたことよりも難しいことや、自分の思っていたことよりも多くのことを学ばなくてはならないと思ったからです。
だからしんどいのです。
小さい子どもは、早く大人と同じになりたいと思っています。
だから、生きていく為に必要なことを早く身に着けたいと思っています。
だから学ぶことに喜びを感じています。
しかし、みなさんはしだいに学ぶ内容の難しさ・量の多さからこう考えるようになります。
「こんなもの世の中に出て役に立つのだろうか?」
こう考えたとたんに学ぼうとする意欲が落ち、同時に成績も落ちていきます。

勉強で無駄なものなどありません。
人類は、日に日に進歩しており、私たちが学ばなくてはならない内容もどんどん難しくなっていっています。
あなたがたは、自分の勝手な判断で「こんなもの世の中に出て役に立たない」と考えるかもしれませんが、それは自分の身のまわりのことからそう思えているにすぎないのです。
現実には、これだけの内容を身に着けなければ、我々人類は文明を維持することができませんし、次の世代にこの文明を残すこともできないのです。

勉強は山登りと同じ
ところで、勉強は誰にとってもきつく苦しいものですが、中には勉強が好きな人もいます。
勉強をして良い点数が取れると、達成感や満足感が生まれます。
そうすると、この達成感が忘れられなくなって、更に上を目指して努力しようと思います。
これは山登りに似ています。
私は山登りはきらいです。
きついからです。
しかし、山登りのようなきついことをあえて好んでする人もいます。
達成感のためにやっているのです。
そして、一度登頂の喜びを知ってしまうと、今度はさらに高い山に登りたがるのです。
勉強も同じで、一度高い点数を取る達成感を得ると、今度は更に高い点数を取りたいと思うのです。
山登りは、やってもやらなくても良いことです。
私のように登頂の喜びなんか)知らなくても良いと思えば、それはやらなくとも良いでしょう。
しかし、勉強はやらなくてはいけないことなのです。
避けて通ることはできないのです。

人のせいにするな・人に頼るな
勉強できない、成績が伸びないのを先生やテキストのせいにしてはいけません。
「先生の教え方が悪かったから点数が落ちた。」「テキストの説明がわかりにくかったから成績が伸びない。」
では、同じ先生で、同じテキストを使っていても、成績の良い生徒がいることをどう説明するのでしょう?
確かに、たまに教え方のひどい先生もいます。
でも、だったら先生に頼らず自力で勉強すれば良いのです。
また、家庭環境や境遇にせいにしてもいけません。
「お父さんがいないから。」「家が経済的に裕福でないから。」
でもお父さんがいなくても成績の良い生徒はいますよね。
家が裕福でなくとも成績が良い生徒はいますよね。
これをどう説明しますか?

勉強は、基本的には自分でやること・弱い自分に打ち勝つことです。
他人に勝つことでもありません。
問題に勝つことでもありません。
塾や家庭教師は、どうしても依存的になってしまいます。
依存する心が生まれると、どうしても自力を発揮することができなくなります。
自力でやる子・自力でやった子が最も強いのです。

やるべきことはたくさんあるのだ
「どうして自分ばかり」、「どうして自分だけがこんなに勉強しなくてはならないのだろう」と思っている生徒がいます。
これは被害妄想というものです。
実は、やるべき勉強の量は皆同じなのです。(脳の能力自体は皆大して変わりは無いからです。)
ただし、「このくらいが標準だろう」と思っている量は、人それぞれ違います。
人は皆それぞれが「自分は平均だ」「自分のやっていることは標準だ」と思って生きています。
そして、同じような標準どうしが自分の周りの友達としてくっついきます。
だから、なおさら自分は標準だと思い込んでしまいますから、全体像や自分の位置が見えにくくなっているのです。

さて、「中学生の勉強はこのくらい」の「このくらい」が非常に少なく思っている人は、常に勉強にアップアップしています。
ハードルの設定値を低くしているために「いつも大変だ」「難しい」「忙しい」と感じているのです。
自ら、自分のキャパシティを小さくしているのです。
だから「自分ばかり苦労している」と思いはじめるのです。
逆に、ハードルの設定を高くしている生徒の場合は、もともと「やるべき勉強はたくさんある」と思ってますから、「じぶんだけだがどうして」という考えはおこしません。

中学生で暗記すべき英単語は最低でも1200。英熟語は400。漢字は600
それ以上に歴史や地理で覚える項目があります。
これを中学生の3年間約1000日で単純に割ってみてください。(行事や祭日がありますので、実質はせいぜい600700日しか勉強できる日はありません。)
一日にやるべきことは少なくとも35のことを暗記していかないと間に合いません。
その他、数学と理科の計算訓練や英文法・国文法も覚えなくてはならないのです。
中学生で勉強すべきこと、身に付けるべきスキル、覚えるべきことは大量にあります。
そもそも毎日やっていかなくては間に合わないほどの量があるのです。

では、どのくらいやれば良いのか
1日に1時間?それとも2時間くらい?
いいえ。これは時間で考えるべきではありません。
時間で考えると、学校の宿題をその時間に入れたり、友達と遊びながらやった勉強とも遊びともわからない時間をそれに入れたり、最悪は机に座っていた時間のみであっても「勉強した時間」に入れる傾向があります。
これでは、本当に身についたのかどうかわかりませんよね。
「どのくらいやったか」は、時間ではなく内容量です。
「何が解けるになったか」「この手の問題が解けるようになったか」「覚えるべきことのうち、どのくらい覚えてられたのか」といった量で計るのです。
100%全てできるようになる」「100%全て覚える」ことを目指して、そのうち現在どのくらいの位置にいるのかを考えで勉強するのです。

姿勢
self work spaceを狭くとれ
体と机の距離はよいか?
おなかと机の距離を広くとらない。

椅子
高さはちょうど良いか?
高すぎてもダメ。低すぎてもダメ。疲れる原因になる。

机・引き出し
高さはちょうど良いか?
引き出しは右?・左?
右利きの人は、引き出しは右
左利きの人は、引き出しは左
体のねじれる方向が決まっているので、このようにしないと机は広く使えない。

鉛筆
いつも研いであるか?
持ち方はよいか?

いつもすぐに勉強に取りかかれるように研いでおくこと。
研いでない鉛筆を見ただけで、勉強する気は失せる。
ペン・鉛筆・書道・デッサン・箸の持ち方は全て違う

消しゴム
つねに横にあるか?
真っ黒になっていないか?

蛍光ペン・マーカー
準備してあるか?
暗記の必需品です。

ノート
取り方は良いか?
1行内に1行の文章を書くわけではありません。
横の罫線は、目安の線でしかありません。
上下左右を余裕を取って、十分に空けて書くこと。
提出することやまとめることが目的なのではなく、自分にわかりやすいものかどうかが大事なのです。
ですから、字の上手さは関係ありません。
特に、分数は1行内に書いてはいけません、
約分することなどを考えると、分数があるだけで上下5行くらいは使うのです。

らくがきちょう
準備してあるか?
ひっ算したり、図を書いてみたりするときに、あると便利です。

テキスト類の整理
平積みにするな。
勉強に限らず、会社でも仕事のできない人は、書類を平積みにします。
そして、必要なものが埋もれていて、どこにあるかすぐに取りだせない状態になっています。
そして、そこからもうやる気が失われていきます。
勉強のできる生徒や仕事のできる大人は、必ずと言って良いほど、きちんと立ててそろえています。
いつでもすぐに勉強ができる状態になっています。

教科書や資料
学校に置きっぱなしにするな。
毎回持って帰れ。
学校に置きっぱなしにするということは、その行為だけで、すでに家で勉強をする気が無いということです。
できる子は、勉強道具は常にカバンにパンパンに入れて持ち運ぶものです。
何があるかわからないから。
家で何か調べものをすることがあるかもしれないから。
そう考えると、ドラえもんの四次元ポケットのように、常に必要となる可能性のあるものは、いつも取り出せる状態でないと不安になるはず。

 

「それは習ってないからやらない」などと考えてはならない。
「それは習ってないからやる必要ありません」とか「そこはやってないからやりません」と言う生徒がいます。
定期テストの範囲については、それで良いでしょうが、いずれ受験のときまでにはやらなくてはならないものです。
また、習ってないつもりで、(実は自分に都合の良い解釈で)実際には試験範囲であったということもよくあります。
万が一のことを考えて、なるべく、考えられる広い部分までを試験範囲ととらえましょう。
教わってないつもりで、自分だけがそのとき聞いてなかったのかもしれません。
もちろん、社会科の資料の図や年表、地理のグラフまでも出題範囲としてとらえましょう。

「それは出ないから」などと考えてはならない。(ヤマを張るな)
受験の本などでは、よく今までの出題傾向と来年の出題予想分野みたいなものが掲載されています。
しかし、これはあくまでも予想です。
これをうのみにして、自分に都合の良い解釈で、なるべく勉強する範囲を狭くすることはやめましょう。
もしも、予想とは違う分野が出題されたらどうするつもりでしょう?

できる生徒というのは、ヤマをはらないものです。
どこが出題されてもできるように、マルチな自分を目指して幅広く勉強するものです。
成績の良い生徒は、ヤマを張りませんし、過去問も関係有りません。
マルチな自分を目指して頑張っているからです。
そんなにヤマを張るのが好きならば、ギャンブラーでも目指してください。

勝手にやるべきことを絞るな
上に似たようなことですが、「これは出ないだろう」「ここまでやる必要はないだろう」「この部分は別にいいだろう」などと勝手にやるべき部分を自分の都合の良いように判断してどんどんセレクトし、省略し、どんどんやるべきことを絞り込む生徒がいます。
また、「ここのところで、ここはぜひ覚えておくべきところはどこですか?」「ここだけやれば全て大丈夫ですか?」などと言う生徒も多いですが、この場合、私はこう答えます。
「全部大事。」「全部覚えなければならない。」「全てに対応できる公式など無い。」「そもそも勝手にやることを絞り込もうとするから成績が上がらないのだ。」
そうです。
そもそも、マルチに対応できる、楽して全てに対応できる、そんな夢のような何かが存在しており、それをゲットできれば何でも解けると考えていること事態が間違いなのです。
そんな都合の良いものは存在しておりません。
考えられる全てのことを想定して、全部やっておくことを目指すしかないのです。
きびしいことを言いますが、あなたの中に「何かマルチなもの」にすがる心があるから成績が上がらないのです。
逆に言えば、成績の上位の生徒はこのような考えを持っていません。
自分自身を全てに対応できるようなマルチな人間に高めようとしているのです。
だから、彼らは一つでもわからないことがあれば、非常に悔しがります。
成績の下位の生徒は、わからないことがあっても「だって出るとは思わなかったんだもん」「先生が難しすぎる問題を出したからだもん」「そこまでやる時間が無かったんだもん」「そこは自分はやる必要は無いんだもん」と言い訳ばかり考えます。(いつも悪いのは、自分ではなく他人のせいです。)
そんな考えだから成績は上がりません。
試験が実施されてからいつもあわてるのは、自分が楽する為に、勝手な判断でやるべきことを絞り込んでしまった結果なのです。
何度も言いますが、マルチに対応できる方法はありません。自分が(どんな問題が出ても対応できる)マルチな人間になるしかないのです。
勉強においては、効率主義はダメなのです。

できない生徒は、共通点を探してそこだけを覚えようとする。
できる生徒は、共通点は当然だが、例外を探してそれを覚えようとする。

先生の話す余談・薀蓄に興味が持てる人間か
好奇心はあるか?
効率主義はダメ

●100点をめざせ(60%取れればはダメ)
「今度のテストは、何とか6割取れれば合格だから(6割分勉強すれば良い)。」とか「この学校の入試は6割の点数で合格だから(6割分勉強すれば良い)。」などと言う生徒がいます。
このようなことを言う生徒で6割取れたためしがありません。
だいたい3040点代です。
また、「自分は実力だと9割はとれるはずだから、今回こそ90点以上目指す。」とか言う生徒もいます。
このような子は、だいたいいつも70代後半から80点台しかとれません。
なぜでしょう?
人間は、6割を目指そうと決めた瞬間に、心理的に自分の持つ力の6割しか出そうとしなくなるからです。
6割の点数の6割分しか努力できなくなるし、そのような結果になります。
すなわち、

6割(0.6×6割(0.6)=36点(0.36

 になるのです。
同じように、9割目指して勉強すると、

9割(0.9×9割(0.9)=81点(0.81

となります。
80点を目指すと64点、70点を目指すと49点、50点を目指すと25点となります。

つまり、100点を目指さない限り100点は取れないのです。
しかも、人間には必ずミスがつきものですから、100点を目指しても100点はなかなか取れません。
では、100点を取るためにはどうしたら良いのでしょう?
それは、まだ習ってない先の(次の学年以上)ところまでできるようになることです。
だって、小学校の5年生くらいの問題だと100点取れる自身があるでしょう?(当時は100点取れてなくても)
そういうことです。

問題用紙やテキストをよごせ
小学校のときは、定期テストはありませんでしたよね。
担任の先生がしょっちゅうテストをやって力を付けさせてくれていたからです。
ですから、皆(かなり児童が)落ちこぼれることも無く知識を身に着けることができていました。
さて、このテストですが、問題用紙と解答用紙が小学校のときは1枚になっていました。
しかし、中学校の定期テストでは、ほとんどの場合、問題用紙と解答用紙が別々になっていますよね。
中学校の数学では、途中の計算もたくさん書く必要が出てきます。
この途中の計算を書く計算用紙が別に配られるわけではありません。
途中の計算は、問題用紙のわきの白いところや裏面のどこでも使ってよいのです。
途中の計算をするスペースが無いから、頭の中で暗算でやるという生徒がいますが、これこそが計算ミスの原因になります。
このような生徒は、多くの場合、問題用紙が汚れるのをきらいます。
だからきれいなままに「しておきたいみたいです。
でも、問題用紙はたいていの場合、提出するわけではなりません。
だから、計算でも図でも何でも必要なものは、どんどん問題用紙の空いているところに書いて汚すのです。
また、座標や図形の問題でも、書いてない値は、どんどん書き足していかなくてはならないのです。
そうしなければ、問題は解けません。
問題用紙が白くてきれいな子は、必要事項を書き込んでもっと汚すように心がけましょう。

解く順番・最初からやらない(できないところをやる・できるところからやる)
試験勉強というのは、自分のできないところを重点的にやらなくてはなりません。
自分の弱点を克服するのです。
得意な科目、得意な分野ばかりやる人がいますが、はっきり言ってこのような人は、苦手な科目から逃げているに過ぎないのです。
これでは成績は伸びません。

しかし、試験の本番では逆です。
試験では、自分の得意なところから解いていくのです。
問題を最初から最後に向かって順番に解いていくのは、最もダメです。
これでは、わからないところでつまずいてしまい時間をロスしてしまいます。
解ける問題を解く時間さえ無くなってしまいます。
ですから、試験問題が配られたら、まず問題全体を見渡します。
それから、自分の得意な、確実に取れる問題から先に解いていき、苦手な時間のかかるところは最後にやります。
このように、解く順番と時間の配分が大事なのです。
こうしないと、必ず時間が足りなくなってしまいます。
 

問題を良く読まないタイプ
解答欄が一つずれて書いてしまった。
記号で書かなくてはいけないところを文字で書いてしまった。
これらは、そもそも問題をよく読まないことでおきるケアレスミスです。
このタイプは、問題をある程度こなしており、出題の傾向がある程度わかっている子に多いのです。
ある程度わかっているから「ああ、この問題のパターンか。」などと、問題をよく読まずに取りかかってしまいます。
ですから、このパターンの生徒は、試験の時間が妙に余ったり、穴埋め問題ができなかったりします。
時間はありますから、落ち着いてしっかり問題文と解答欄を確かめて解きましょう。

試験のときに頭が真っ白になるタイプ
試験ができるタイプの人は、本番中にリラックスした状態でしかも集中できるタイプの人です。
私もそうですが、このタイプの人は、試験中は試験の結果など全く気にしない、試験官のことも気にならない。そういうタイプの人です。

逆に、試験のときにあがってしまい、頭が真っ白になる。そのせいで、本来の実力が出せない。

場合によっては、試験のときに必ず頭がいたくなったり、お腹がいたくなったりする。
こういうタイプの人は、試験中にリラックスできてないタイプの人です。
あがり症は精神的なものですが、どこかで大きな声を出して発声練習をすれば良くなるという説もあります。(私も高校時代は演劇部で、全くあがることがありません。)
一度試してみると良いとおもいます。

時間が無くパニックになるタイプ
「試験の時間がいつも足りなく、いつも時間切れになってしまう。」という生徒も多いですね。
これは、解き方が人よりも遅いせいではありません。
緊張しているからです。
いつもせかされているようで、試験官が気になって、試験の問題を解くことに集中できていないからです。
一種のパニック状態になっているのです。
これもまた、リラックスしつつ集中する必要があります。
上に挙げた大声を出すことを試してみてはいかがでしょう。

字が汚すぎるタイプ
1なのか7なのかわからない。
2なのか3なのかわからない。
4なのか9なのかわからない。
nなのかhなのかわからない。
aなのかuなのかvなのかわからない。
=なのか2なのかzなのかわからない。

字が汚すぎて、書いた自分自身がその字を間違ってしまうタイプです。
小学校のときから字をきれいに書いてないと、ずっとこのようなミスが直りません。
字がきたない人は、字の持ち方がおかしい場合もありますが、そうでない場合も、えてしてこのタイプの人は字を書くことが面倒くさがる人が多いようです。
面倒だから、早く適当に書いてしまいたい。
そこからこのミスはおきます。
とにかく、字をきれいにきちんと書くことです。
適当はいけません。相手にわかるように書かなくてはなりません。(自分さえわかれば良いはありえません。)
そして、字をたくさん書く練習をすることで、書くことの面倒くささを克服することです。

ケアレスミスではないタイプ・なめているタイプ
最後は、本人はケアレスミスだと思ってるが、実際にはケアレスミスではないタイプです。
まず、公式や解き方を間違った状態で覚えている。
それで間違っているのに、間違って覚えていることに気が付かず、試験当日のちょっとしたうっかりミスで間違ったのだと思っている。
自分はもっとできるはずだと思い込んでおり、試験ができなかったのはうっかりミスのせいだと思い込んでいる。
これは、うっかりミスではなく、間違って覚えていることによるものです。
つまり、自分の実力は、自分が思っているよりももっとずっと低いのです。
適当に覚えている。それで良いと思っている。
このタイプの生徒は、まず、適当で良いと思う態度を改めること。
そして、わかっているつもりのことでも、もう一度戻り学習しなければなりません。

暗算にたよるタイプ・汚さないタイプ
実は、これこそがケアレスミスで最も多いパターンです。
ケアレスミスの8割以上は、これが原因で起きていると言ってもよいでしょう。
しかもこれは、ある程度計算の早い生徒におきるケアレスミスです。
計算をはしょり、紙に書くことを省略し、頭の中で暗算で処理してしまうタイプです。
これは、過信やおごりによるものです。
カッコをはずす、カッコでとじる、等式を左右逆にするなど、簡単だと思うことでもちゃんと紙に書いて計算しましょう。
そうしないと、必ずミスを連発します。
問題用紙に途中の式をたくさん書くことは、決してかっこ悪いことではありません。
問題用紙を汚さないことは、良いことではありません。
問題をなめてはいけません。省略せずに、きちんと書いて解きましょう。

計算が遅い理由・ケアレスミスが多い理由
計算が遅い。テストが時間切れになってします。
ケアレスミスが多い。
このほとんどの原因は、暗算をすることによります。
小学校のときは、暗算が得意になるように勉強させられたことと思います。
しかし、中学校の数学において、暗算をすることは「悪いこと」です。
暗算をすることは、一見頭をフル回転させているように思えますが、実際のところは頭に不可がかかっている状態になり、計算が遅くなり、しかもミスも多くなります。
紙に筆算したり図を書くことは、それで視覚を利用することになり、脳の不可が減ります。
だから、書くことで計算が早く、ミスも少なくなるのです。
嘘だと思ったら、一度問題用紙の横に全て細かく計算をした場合と、頭のみで暗算した場合の時間と点数の結果を比べてみてください。
有名塾の講師もいっていますが、試験は「考えるより書け」なのです。

そもそも暗算はかっこいいことだろうか?
なぜ暗算をしてしまうのでしょうか?
一つには、小学校の頃にさんざん暗算を練習させられたので、「暗算ができることは良いこと」「暗算ができることは頭の良いこと」という誤解があるからでしょう。
暗算でやることは、はたしてそんなにかっこいいことでしょうか?
実際には、暗算できないことを馬鹿にする(暗算が得意なことを自慢する)のは、成績の下位の子どもに多く見られます。
現実、テストの問題用紙が計算だらけで汚くなっている生徒ほど成績は良く、逆に、問題用紙がきれいなままの生徒ほど成績が下位にいます。
わからないから白いだけではありません。
書こうとしないのです。
頭の中だけでやろうとするからです。
ここには見栄とかプライドが邪魔をしている場合もあります。

はっきりと結論を言います。
あなたの計算が遅い理由・ケアレスミスが多い理由は、あなたが暗算をしたがる見栄とプライドに原因があるのです。
このプライドはすぐにでも捨ててください。
そして、決して、決して、決して、今日からは、二度と暗算をしないでください。

書かない・メモをとらない人
社会人においても、全く同じ現象が見られます。
メモをとらない、書かない人ほど仕事のミスが多く、何でも忘れてしまいます。

暗算=手を使わないということ
暗算は、手を使いません。
先ほどから言っていますように、手を使わないと頭は働かないのです。
このことからも「暗算は悪」です。

珠算の問題点
小学校の時から珠算教室に通い、珠算および暗算が得意だった子には言いにくいのですが
珠算・暗算のできる生徒ほど、方程式の文章問題や関数の座標問題、さらには図形の問題が目に見えて苦手になります。
本来、図に書いて図像化しなければならないことが頭に浮かびにくくなっており、頭にはそろばんの玉のイメージしか浮かばなくなっているからです。
ですから、珠算および暗算が得意だった子は、それだけ数学はハンデを背負うことになります。

意外と多い「勘違い理系野郎」
中学生の後半や高校生に多いのですが、「自分は文系ではなく理系の人間だ。」と勝手に決めてしまっている生徒。
では、なぜそう思うのかと聞けば、「数学はできるが、自分は暗記が得意じゃないから。」と言うのです。
暗記が得意=文系なのではありません。
それは、単に暗記という作業から逃げているだけです。
「暗記が不得意だ。だから自分は理系の人間だ。」というのは、論理の飛躍も良いところです。
さて、中3から高校の数学にかけて、数学でも段々と暗記しなくてはならない複雑な公式が増えていきます。
上記のような勘違い理系野郎は、この段階になると、このような公式を暗記して解くことができなくなっていきます。
数学でも暗記は必要なのです。

●数学でも暗記は必要です。
「公式は暗記しなくちゃならないものですか?」高校生の勘違い理系野郎は、よくこう聞きます。
「君の頭がピタゴラスやニュートンと同じなら、そのつど公式を導き出して解けば良いが、そうではないでしょ。」「だから、ピタゴラスやニュートンと同じ頭脳で無い限りは、公式は覚えなくちゃならない。」と私は言います。

勉強は、つきつめれば計算と暗記(暗記から逃げるな)
試験勉強は、つきつめれば計算と暗記でしかありません。
しかも、上で話したように、数学にも暗記は必要です。
ですから、試験勉強の全体から見れば、7:3か8:2くらいで暗記の作業が多いと言ってもよいくらいです。
しかし、皆暗記から逃げようとします。
暗記した子は成績が伸びます。
ほとんどの場合、中学校の成績は暗記したか暗記してないかによるものです。
だから、暗記から逃げてはいけません。

暗記を避ける方法を考える子・暗記をできる方法を考える子
暗記ができる子は、何とかして頭に入れる方法をあれこれと考えます。(こじつけ・図像化・蛍光ペン・着色・書き取り・発声などなど)
それに対して、暗記から逃げる子は、何とかして暗記をしなくてもすむ方法を考えますが、うまくいきません。
なぜなら、暗記の作業を避けて成績を伸ばすことはできないからです。

テキストの問題
何とかして暗記をせずに、楽して自動的に覚えることはできないか。
「テキストの問題をこなすことで、いつのまにか覚えるべきことを覚えることができる。」「量をこなせばいつのまにか覚えているものだ。」と思っている生徒や先生がいますが、はっきり言って、このやり方は間違いであり、効率的ではありません。
問題の量をこなして問題が解ける力がつくのは、数学だけです。 (しかも、数学だって同じ問題ばかりやったら意味がありません。)
英語・理科・社会には、この方法は通用しません。

この数学のやり方を他の全ての教科にあてはめてやらせようとしていることに問題があります。
しかしながら、塾でも家庭教師でもこのやり方が主流になっており、だから、塾や家庭教師でも暗記教科が伸びないのです。
しかし、塾や家庭教師で使用しているテキストに限らず、本屋を見ても、暗記用の参考書よりも問題集の何と多いことでしょう。
これは一つには、参考書よりも問題集の方が編集しやすく、色も単色で済み、毎年パターンを少しだけ帰るだけで何種類もつくることができるからです。
参考書よりも問題集の方がたくさんあるのは、いわば儲かるからであり、ビジネスライクな理由もあるのです。

暗記してから問題を解く(逆は効果が無い)
英語・理科・社会については、数学のようにテキストの量をこなす訓練によって伸びることはありません。
まず、暗記すべきこと時間をかけて暗記してから、最後に(確認のために)問題を解くようにします。
問題を解くことで自動的に暗記ができるわけではありません。
成績が上記の生徒は、必ず時間をかけて暗記してから、最後に問題を解きます。
問題の量を解くことで自動的に暗記しているわけではないのです。
必ず暗記してから問題を解きます。逆は効果がありません。

ある家庭教師の宿題などでは、暗記はしないまま、解説を見ながら問題を解き、自己採点をする方法がとられています。
このやり方で解いた問題は、丸がついていて、自分では自力で解いた気になっているのですが、それは、あくまでも「できるような気になっているだけ」で、実際には何の力もついていません。
ですから、実際の定期テストでは、思ったよりも点数が取れないのです。
もちろん、数学や理科の公式も暗記すべきものです。
これも暗記してから問題に取り組みましょう。

「知っている」と「覚えている」は違う
暗記が苦手。と思い込んでいる生徒に多いのですが、
実は、暗記しているのではなく、知っていることを覚えていると誤解しているのです。
例えば、「メソポタミア文明で使用されている文字は?」と聞くと、
「ああ、それ知ってる。見たことある。」と言いますが、でも、答えである「くさび型文字」という言葉は出てきません。
「見たことある=知っている」は、「覚えた」ことにはならないのです。
口に出して答えてはじめて覚えたことになるのです。これが暗記というものです。
見た経験、なんていうかは知らないけど知っている、などというレベルは暗記とは言いません。

暗記は本当の学習ではない?
暗記は本当の学習にはならない。
こういう意見もあります。
確かにそうです。
丸暗記は、論理的な能力や創造的な能力を育むわけではありません。
どちらかと言えば、努力とか根性を育むことにはなります。
しかし、ではだからと言ってやらなくて良いものでしょうか?
この日本の教育システムに納得いかないから暗記はしない?
しかし、現状の日本の受験システムでは、暗記は避けて通れません。
暗記することが良いことか悪いことかは別として、上の学校に進む為には、暗記力をつけることが必要であることは、避けて通れない事実なのです。
あなたは、この受験システムが自分の納得する形に変更されるまで待つのでしょうか?

暗記は、つらく苦しい作業です。
暗記をしてきた人ほどそれを知っているのです。
つまり、高学歴の人ほどそのことを知っています。
逆に言えば、暗記を避けてきた人間は、やらなくてはいけないことから逃げてきた人間ともとれます。
そう。
暗記のできない人は、まさしくその部分を見られているのです。

入試も入社試験も、「暗記のできない人間=やるべきことをやらない人間」であるかどうかを判断されているのです。 

論理は当社が教えます
とは言え、暗記をスムーズにするのには、そのとっかかりとしてのわかりやすい理屈(論理性)も必要です。
これについては、私が教材で行います。
私が暗記についてできることは、この部分。
すなわち、暗記の動機付けとしてのわかりやすい論理性と覚える方法です。
しかし、暗記そのものは、君たち生徒がやるべき行為であり、これについては私にできることではありませんよね。

人間は忘れるものだ。だから必ず3:2:1で復習しなければならない
人間というものは、暗記力に関係なく、どんな人でも、暗記したものは一晩寝ると約7割を忘れてしまうことがわかっています。
誰でも必ず寝ると7割忘れるのです。
さらに、復習しないと、その次の日までに約4割を忘れてしまいます。
このようにして、復習しないと、どんどん忘れていってしまいます。
だから、必ず前日やったことと一昨日やったことまでも復習しなくてはなりません。
その時間の配分は、例えば1時間を暗記の時間にあてるとすれば、

そのうちの30分は、今日覚えるべき新しいこと。
20分は、昨日覚えたことの復習。
10分は、一昨日覚えたことの復習。

ということになります。
つまり3:2:1です。
ところが、たいていの場合は、その日やるべきことだけをやっている人が多いのではないでしょうか。

覚えるべきことを試験までの日数で割り、毎日その部分だけを覚えていく。
しかし、このやり方だと、毎日毎日覚えたことを忘れていくことになり、試験の日になってもそのほとんどを忘れてしまっていることになりますよね。
これは、上で述べた復習の暗記が行われていないからです。

すぐに覚えろ。今覚えろ。
試験勉強のときには、よく暗記すべきことがらを後回しにしがちです。
暗記は最後でもできると考えてしまいます。
確かに、数学での計算力など日常の訓練を伴うものは、試験前の一夜漬けでできるようになるものではありません。
これと比べると、確かに暗記物は一夜漬けでも良いように思えます。
しかし、暗記こそなるべく前もってやっておく方が試験間際になって余裕が出て、試験前に苦労しなくても良くなるのです。
そして、なるべく前もって少しずつでも暗記しておけば、たくさん暗記することができます。
できれば、習ったところは後回しにせずに、そのときすぐに暗記することが最も効率的です。
暗記することは、後回しにせずに、すぐに覚えましょう。今覚えましょう。
そして、そのくせをつけましょう。

覚える時間と寝る重要性
最近の研究では、最も暗記に向いている時間帯は、就寝2時間前とのことです。
昔は、朝が一番頭に入るなんて言われていましたが、これは嘘です。
特に、十代の子どもたちは、大人よりも夜型になっていることも、最近の研究でわかってきました。(朝10時からの授業開始、17時授業終了ぐらいがベストだそうです。大人と2時間のズレがあります。)

また、暗記したものは、寝ることで脳に定着されます。
寝なければ定着しないのです。
よく試験前に徹夜で勉強する人がいますが、これは逆効果です。
体が疲れるだけで、脳に入っていきません。

興味のあることは覚えられるけど
人間は、興味のあることしか覚えられません。
そうでないものは、義務感と強迫観念で暗記しようとしているだけです。
ですから、暗記することが苦痛なのです。
本来は、まず興味を覚えることです。
好きになることです。

でも、そうなれないのは、なぜでしょう。
これは、心のどこかに「こんなもの、自分に必要無い。」「こんなこと、社会に出てから使わない。」「こんなこと、自分の生活に必要無い。生きていくのに関係無い。」と思っているからです。

実は…
勉強というものは、大人になってから困らないために勉強するものではないのです。
勉強というものは、社会に出てから困らないために勉強するものではないのです。
勉強というものは、生きていくのに困らないために勉強するものではないのです。

学校で教えていることは、「君が大人になって困らないために、何かを身に着けさせてくれる」ということばかりではないのです。
では、勉強・学習の目的とは何なのか。

これについては、3つありますが、話が長くなるので、ここでは省略します。
ただ、ここで今言ったことは、しっかりと頭に入れといてください。
これこそが、成績アップ、勉強の意欲、暗記を左右する根本的なことなのですから。

暗記力はこじつけ力
暗記力とは何の力なのでしょう?
暗記するコツは何なのでしょう?

例えば「工業地に向いた条件」を暗記するとします。

・人口が多く、労働力が得やすい
・空港や港に結びついた大きな道路がある
・資本が得やすい

この文章を丸ごと暗記してはなりません。
文章は、意味を知る為に読むものです。
これは、以下のようにエキスを抽出して、なるべく簡単な単語に置き換えて覚えるのです。

・人口が多く、労働力が得やすい  人
・空港や港に結びついた大きな道路がある  道(または車)
・資本が得やすい  金

このように「人・道・金」(順番はどうでもよい。自分の覚えやすい順序で)とすれば、いつでも簡単な言葉から引き出すことができますね。
暗記の方法は、語呂合わせや、先頭の一文字を抽出したり、数値やらグラフに置き換えたりとか、色々ありますが、一言で言えば「こじつけ」です。
頭にたたきいれる為に、いかにして自分なりに「こじつける」かです。
「こじつけ力」があるかが重要なのです。

声に出せ・書け
漢字や英単語については、書き取り(各語とも平均ノート2行もしくは20語)を行うことです。
そして、必ずその言葉を口に出しながら書くこと。
社会や理科の暗記項目については、必ず口に出して覚えること。
人間は、自分の口に出し、それを自分の耳で聞くことで、はじめて頭の中に刻み込まれることがわかっています。
ですから、覚えるべきことをどんなに目だけで一生懸命に見ても覚えられるものではないのです。
目で見て、手で書いて、声に出して、それを自分の耳で聞いて、はじめて頭の中に入るのです。

声に出して音読
小学校の国語では、よく教科書を音読させます。
声に出すことで文章の成り立ちや言語・語彙を覚えやすくなるからなのです。

演劇の台本
役者はどのようにして分厚い台本のセリフを覚えているのでしょうか?
彼らは台本を穴の開くほど目で見て覚えるわけではないのです。
「読み合わせ」といって台本を皆で何度も声に出して読んで覚えるのです。
ですから、自分のところだけではなく、他人の配役のセリフまで覚えるのです。
そうしないと、自分のセリフのタイミングとかきっかけがわからなくなりますものね。
ここでも、声というものが暗記に重要な役目をはたしていることがわかるでしょう。

お経
お坊さんがお経を覚えるのも同じです。
経本を穴の開くほど目で見て覚えるわけではないのです。
経本を声に出して読むことで覚えていくのです。(読経)

出題してみる
自分で他の人に問題を出してみるとよく頭に入ります。
これは、とりもなおさず、上で述べた「口に出して言う」作業に他ならないからです。
また、出題者の意図もよくわかるようになりますので、とても有効な方法です。

前頭葉の方を向いて覚えろ・前頭葉の方を向いて思い出せ
暗記している人の姿をイメージしてみると、だいたい上の方を向いてブツブツ言っているイメージになるのではないでしょうか。
これには、理由があります。
暗記は前頭葉で行います。
前頭葉に描き、前頭葉から引っ張ってきて思い出すのです。
自然、このように頭を使うときは、自分の額のある目の上の方に眼球が向きます。
よく暗記をしている子や暗記をしたことを思い出すときの子の動作は、自分の額の方を向いています。
逆に、暗記が苦手な子供の暗記するときの姿勢は、うつむいて「うん。うん。」とうなっているだけです。
恥ずかしがらずに、上を向いてブツブツ言ってください。
これが頭に入れるポーズなのです。

マーカー・蛍光ペン
マーカー・蛍光ペンは、暗記という作業をする上で、絶対に必要なものです。
暗記という作業をしようと思ったら、マーカーや蛍光ペンを準備しておくのは当たり前のことです。
この道具が無いということ自体、暗記をしようという気が無いものと思います。

穴あき問題の問題
ついでに言っておきます。
当たり前のことではありますが、穴あき問題で暗記をする場合、「穴でない方の項目が穴として出題されるかもしれない」ということを注意しておかなくてはいけません。
例えば

鎌倉時代、(      )が曹洞宗を開いた。 

ここの答は道元ですが、カッコ内の道元という言葉だけを暗記してはいけません。

鎌倉時代、道元が(      )を開いた。

の問題が出た場合は解けないからですね。

道元曹洞宗

として、両方を暗記していないといけませんよね。

  

暗記方法

五感に刻み込む
暗記は五感をフル活用せよと言いましたが、ここでは実際のやり方について、さらに詳しく述べてみたいと思います。
五感に刻み込むには、大きく分けて、主に以下のが三つあります。

・体で覚える(体験)。
・色やグラフや平面や立体で覚える(視覚)。
・口と耳で覚える(聴覚)。

五感に刻み込む為の圧縮方法と解凍方法
そして、もう一つ大事なことは、覚える為には、そのままを覚えるのではなく、覚える具材をシンプルなものに圧縮加工して覚えなくてはならないということです。

体験で覚えさせるための翻訳
文章は言語です。
言語で書いてあるのものは、一度イメージに翻訳しなければなりません。
ですから、ノートに説明文章だけをダラダラと書いたところで、一向にその文章自体を覚えることはできませんよね。
だから教科書はわかりづらいのです。
文章は、絵や図やグラフや地図として翻訳しなければならないのです。
地理は、文章で書いてあることを、全て自分自身で白地図に書き入れるという作業が大事です。
そして、なるべく色を使用したイラストを書き込むこと。
面倒くさいようですが、自分自身がこれを行った作業が経験として体に覚えさせるのです。
なるべく面倒な作業をした項目は、それだけで忘れません。
教科書や資料集に書いてあることを覚えるよりも、実際にそこへ行ってみたり聞いたりしたことの方が覚えるでしょう。
それと同じです。
でも、実際には世界中や日本中にいけるわけではないので、なるべく体に体験をさせるのです。
金の産地は、そこに金で塗りましょう。
銀の産地は、そこに銀で塗りましょう。
羊毛の産地は、そこに羊を描いて見ましょう。
その経験は、二度と忘れることは無いのです。

同じようにしてできる勉強は、理科や歴史があります。
ここでも、なるべく(下手でも良いから)絵や図を描き込んでください。
そして、これらの作業は、「自分自身のために参考書を作り直すのだ。」という気持ちで行うことが大事です。

また、わからないことがらは、ネットで検索するという作業も大事です。
これも体験です。
綿花って何?生糸って何?さとうだいこんて何?
わからないまま暗記しようとはしていませんか?
写真を見て、それがどんなもので、どこで作られ、どう使用されているのかを知って覚えるのと、知らずに覚えるのとでは、暗記の質が全く異なります。

視覚に覚えさせるための圧縮と解凍
上に書いたこと自体が、すでに視覚の暗記方法ではあるのですが
年号も視覚の暗号化にすることができます。
4桁の数字を棒グラフ化して覚えるのです。
しかも、左二桁は、時代によってだいたいわかっているので、実際には右二桁の暗号化で良いのです。

英単語も、ある程度は視覚化していないと頭に入っていきません。
rlは上に背が高いか低いかです。
英単語は、tommorowのように全体的に低いか、littleのように左右の端がとんがっているか、girlのように左下がり右上がりの形か、といった全体の形状の印象を目に焼き付けることが重要です。
ローマ字の発音化してカタカナ語で覚えるというのも基本ですが、これだけだとrlscの問題などがクリアできません。

また、英単語に限らず、全てに関連したことですが、似たような言葉や、同じような意味の言葉を、あえて並べて書いて覚えることも重要です。
こんがらがるものは、あえて並べて書いて比較するのです。

世の中には、表にすると覚えられるタイプの人(平面が得意)と、カードにすると覚えられるタイプの人(立体が得意)とがいます。
平面派と立体派の両方得意な人はいません。
かならずどちらかであり、これはたいていは、11歳前後のときに分かれます。
これは、絵画が得意なタイプと彫刻が得意なタイプに分かれます。
また、平面のスポーツ(卓球・水泳など)と立体のスポーツ(野球・バスケット)にも影響するのかもしれません。
私は、全てにおいて平面タイプです。
自分がどちらが得意なのかをよく見極め、表をつくったり、カードをつくったりしてみてください。
ここでも大事なのは、既成の完成品を使うより、自分でつくる方が覚えられるということです。
理由は、上に書いた「体験」をすでに行うからです。

通学途中で毎日目にする看板など、「いつも目にしている」ものは、自然と覚えるものです。
なかなか覚えられない事柄は、付箋に書いて部屋の壁などにどんどんに貼りましょう。
毎日、目に飛び込んでくるので、自然と頭に入るものです。

聴覚に覚えさせるための圧縮と解凍(呪文化)
「バメいりチレすみ」これ何の呪文かわかりますか?
実は、以下のものを覚えるためのものです。

バナナ
メロン
いちご
りんご
チョコ
レモン
すいか
みかん

8つのことがらを暗記するのは大変ですので、それぞれの頭文字のみを抽出して、それを呪文として覚えるのです。
呪文化するのは、暗記する為の具材の圧縮化です。
呪文として口に出し、それを自分の耳で聞くことて覚えるのです。
そして、呪文を解凍して答えれば良いのです。

元素記号の「すいへいりーべーぼくのふね」や、ルート2の「ひとよひとよにひとみごろ」などもそうです。
また、高校の古文の「ありをりはべりいまそかり」や、「未然れんようしゅうしれんたいかていめいれい」もそうですが、これらは複数のものをバラバラではなく「一つのもの」として、しかも順番をくずさずに呪文の言葉にして覚えることが大事です。
「ねうしとらうたみうまひつじさるとりいぬい」「せりなずなごぎょうはこべらほとけのざすずなすずしろ」「じんむすいぜいあんねいいとくこうしょうこうあん」「かんじざいぼさつぎょうじんはんにゃはらみったじ」「たんぴこぽさりか」「いんしゅうしんかんずいとうそうげんみんしん」何でも覚えられます。

年号の呪文(じゅもん)化
年号は以下の法則によって呪文化することができます。

0
1
2
3
4
5
6
7
8
9

なので
89やく、64むし、78なや
などです。
4桁として覚えても良いですが、前に述べたように、左二桁はだいたい時代が決まっていますので、それに右二桁をくっつける間隔でも良いです。

年号は基準年から
徳川家康が征夷大将軍に任ぜられたのは1603年ですが、私はこの年号自体を覚えてはいません。
関が原の戦い(1600年)の3年後に江戸幕府が開かれたと覚えているのです。
また、ペリーの来航は、1853年ですが、これも覚えていません。
しかし、明治維新(1868年)の15年前として覚えています。
このように、年号は歴史のターニングポイントとなっている大きな出来事の何年前か?何年後か?で憶えた方が良い場合もあるのです。
一つ一つをばらばらに覚えるのは得策とは言えません。
関連性で覚えた方が良い場合も多いのです。

こじつけ力
前にも述べましたが、暗記力はこじつけ力です。
とにかく、がむしゃらにこじつけてみて下さい。

 

他教科どうしの関連性
本当に数学の得意な人は、脳みその中の計算する部分だけを使って問題を解いているのではありません。
問題を頭の中で図形化したり、数直線にしたり、ベン図にしたり、平面化したり、立体化して解いているのです。
つまり、数学の問題を解くために必要な脳の部分というのは、計算をつかさどる部分だけではなく、他の色々な部分、たとえば図形認識・空間認識などをフル可動して解いています。
この脳内のネットワークが重要だと言われています。
同じことは、国語や理科、社会、および美術や音楽などの実技教科にも言えることがわかっています。
色々な教科は、それぞれ影響しあっており、なるべく様々な教科ができた方が成績は上がります。
「自分は、数学が得意だから数学だけに絞って勉強する。」とか「他の苦手な教科はやらない。」という考えは、得意な教科も伸びなくすることを意味しているのです。
ですから、全教科・全領域をマルチに解くスキルを身に付けることが、実は重要になっているのです。

画像と右脳(手や指先で「つくる」ことの重要性)
さて、数学の特に文章題などを解く場合、頭の中に絵が描けるかどうかが重要になってきます。
これは、右脳の仕事です。
私はかつて、算数の問題を教えるときに、「絵が上手に描かけなくても良いから、頭の中に書くことができればいいんだよ。」と教えていました。
ところが、ある小学校4年生の女の子は、「先生が紙に絵を書いてくれるとひらめくのだけど、自分では頭の中に描けないんだ。」と言いました。
その子は、絵があまり得意な子ではありませんでした。
手でできないことは、頭に描けないのか?
そのとき、あることを思い出しました。
そろぼんの得意な子は、そろばんが無くとも指先だけで(つまりエアそろばんで)計算することができますよね。
さらに上手になると、指先も使わず、頭の中にそろばんを描いて計算しています。
「じゃあ、そろばんはいらないではないか。」とおっしゃるでしょう。
そう、そろばんを手先で経験することを積み上げれば、経験したイメージを頭の中に描けるのです。
けれども、指先でそろばんを経験したことの無い人、あまり得意ではない人にとっては、頭の中にそろばんで計算するイメージを描くことはできないのです。
つまり、人間の脳というのは、手で経験してはじめて動くのです。
頭でイメージして手を動かすのではないのです。
人間は、二足歩行になって、手が自由になったことで、その手を利用することで、頭が発達したのです。
頭が発達したから手を使っているのではないのです。
よく、有名な塾の講師も「考えるより手を動かせ。」と言っているのを耳にします。
これは、私も全くその通りだと思います。
数学の文章題や国語の長文を解くときは、読んでから解きはじめてはダメです。
読みながら、図やメモを書いていくのです。

さて、右脳を発達させるのには、手先を使って何かをつくることが非常に有効です。
幼児教育、有名私立小学校の受験でも、試験内容の大半は、この右脳領域にかかわる創造的分野が行われています。
私も小さいときは、プラモデルや模型飛行機を毎日のようにつくっていました。
また、絵もよく描きました。
手芸的な細かい作業をすることも脳に良いという結果が出ているようです。
とにかく、脳のために、手を使って何かつくりましょう。

楽器を弾くことの重要性
手先と脳は連動しています。
楽器を弾くということは、脳内のシナプスを活性かせせるのに有効だそうです。
演奏するということも、目で見る・指を使う・耳で確かめる・脳、というように五感をフル活動させていますよね。
考えてみれば、私も受験のときは、ギターを片手に置いて弾きながら勉強していました。

脳を活性化させるためのまとめ
これまで述べてきたことをまとめると、以下のようになります。

・手を使ってつくること 手が動いて頭が動く 手を動かさないと頭は動かない。eyes hand brain
・手を使って楽器を演奏すること。
・手を使って書くこと。
・声に出して読むこと。

つまり、
目・手・口・耳=五感をフル可動させること(声に出す・書く・聞く・読む・つくる・弾く)
読み上げる。読み合わせをする。 声に出すことの有効性を証明する例を述べて起きます。

・出版物の原稿やカタログなど、およそ世の中に印刷物として出てくるものは、ほとんど「読み合わせ」という作業を行います。価格と商品が一致しているかどうかを声に出して確認するのです。
・鉄道のホームにいる駅員さんは、確認の為「○○よーし」「◎◎よーし」と、その箇所を指だ指し、声に出してチェックしています。
これも、黙って目で確認する作業より、手と口と耳を使った方がミスが防げるからなのです。
・銀行でも読み合わせは行われているそうです。
読み合わせで金額が1円も狂いが無くなるまで帰れないそうです。

このように、間違いを防ぐ為に、世の中では「読む」ことが広く行われているのです。

見る重要性
PC検索の活用

四次元ポケットを持ち歩け
家庭教師に行き、「今やっている教科書とかワークを出して」と言うと、「学校に置いています」という子がいます。
これでは話になりません。
学校で使うものと家庭学習で使うものを分けてはいけません。
本気で勉強しようとすれば、教科書や資料集や辞書がいつでもすぐに取りだせるようにしておかなくてはなりません。
そんなこと言うと、生徒はたいてい「重いから」「全部運ぶことになっちゃう」と言います。
そうです!
重いものを常に持ち歩かなくてはならないのです。
必要なものはすぐに取りだせる態勢・常に準備万端。
勉強の四次元ポケットを持ち歩くことが大事です。
ためしに、成績の上位の生徒のカバンを見てみてください。
常にパンパンにふくれていると思います。
逆に、成績の下位の生徒のカバンを見てみてください。
うすっぺらいカバンになっていると思います。
この理由は、上に書いたようなことからおきているのです。

守備・キーパー
ヤマをはるな
「おれは、フライは得意だがゴロは苦手だ。だからゴロのときしかボールを捕らない。」などという外野手がいるでしょうか?
「おれは右手方向は得意だが左手方向から来るボールは苦手だ。だから右手から来るときしかボールはとらない。」などというキーパーがいるでしょうか?
これでは一流選手ではないどころか、選手として使いものになりませんよね。
しかし、「おれは電気の分野は得意だが気象関係は苦手なんで勉強しない。」というのは、実はこれと同じことなのです。
マルチに対応できないとテストも使いものにならないのです。

 

効率主義を捨てろ
暗算・ヤマかけ・これさえ覚えておけば
「楽して勉強する方法があるのではないか?」
このような効率主義は捨てるべきです。

幻想を捨てろ
「これさえやっておけば大丈夫なものがあるはずだ。」というのは幻想です。
幻想は捨ててください。
はっきり言いますが、そのような勉強方法や公式はありません。
そのようなものがあれば、とっくにみんなやってます。

何事にも反復練習は必要
バレーボールでプロレスでもよいのですが、ある必殺技をあみ出したとします。
一度その技に成功したからといって、いつでも成功するとは限りません。
常に成功させる為には、常に練習するしかないのです。
勉強も同じです。
一度ある応用問題が解けたからといって、いつでも解けるとは限りません。
いつでも解けるようにしておくためには、日頃の練習が必要なのです。
だから、毎日の勉強がかかせないのです。

身の丈にあった勉強はするな
自分のできる学力の範囲内のことしか勉強しかかったら、成績は必ず落ちていきます。
勉強は、今の自分の能力よりも少し難しいところまでやっていくのがコツです。
そして、それができるようになったら、またさらに少し難しいところまでやってみる。
このようにして、階段を一段一段上っていくようにして学力を伸ばしていくのです。
できるところしかやらないのであれば、進歩はありませんよね。
逆に、はじめから非常に難しいところを無理してやろうとしてもだめです。
これは、やる気がなくなります。
身の丈にあった勉強をしてはなりません。
身の丈よりも少し上の勉強をしていくことが大事です。

勉強ができないのは、勉強の仕方を知らないからではない
勉強ができないのは、勉強の仕方を知らないからではなく、勉強をしないからだ。
勉強の仕方を知らないからというのは、勉強をしないことの言い訳にしかならない。
本当に勉強をしなくてはならないと思ったときには、勉強の仕方を知らないなどと言っているわけにはいかなくなる。
仕方がわからなくても、とりあえずはじめざるをえないのです。
その行動のなかから、自分なりの勉強の仕方を身に着けていくものなのです。
勉強の仕方は、(極端な話)人それぞれ違うものです。
勉強の仕方は、人に教わるべきものではなく、自分で築きあげていくべきものです。

そもそも、「子どもたちへの教え方がわからないから、教えません。」などという教師はいません。
仕事の仕方がわからないから、仕事をしません。
家事の仕方がわからないから、家事をしません。
生きていくやり方を教えてもらってないから、生きていけません。
そんなこと、社会で通用するわけがないでしょう。

成績は頭ではなく心(生活習慣)に問題がある
このように、学力は学習量によるものですが、それをやりこなせる人とやりこなせない人がいます。
その原因は、ほとんどの場合、頭ではなく心(生活習慣)の方に問題があるのです。

「心の問題」とは何か。
それは、これまで述べてきましたように、勉強のできることを馬鹿にしない、やるべきことを先延ばしにしない、片付ける、などの考え方とか生活習慣です。
そして、その生活習慣は、その人の人生観によっているのです。


しかし、頭に原因がないということは、逆に言えば、考え方を変えれば誰でも成績は伸びるということでもあるのです。

もう一つ、成績を伸ばすには、学習する内容を「自分には関係ない」などと思わないこと。
そして、「自分なんて、そんな成績上位にいける人間じゃない」などと決して思わないこと。
同時に、成績がアップした自分をイメージすることも重要です。

勉強は自分の為にやるもの
勉強は人を蹴落としてやることではありません。
親がうるさいから勉強すべきものでもありませんし、親を喜ばせる為に勉強すべきものでもありません。
自分を高める為にやるのです。
自分の為にやるのです。
成績の順位は出ますが、それは人を押しのけたり蹴落としたのでもなければ、人に蹴落とされたのでもありません。
それは全て自分のやったこと、やらなかったことの結果でしかないのです。

 

 


 

国語

 

漢字

本を読むこと

漢字といっても、たいていの場合は熟語が出題されます。
熟語を知らなければ話になりません。
だから、常日頃から読書をするのです。

書いて・口に出して覚えること

目で眺めているだけでは、頭に入りません。
口でぶつぶつと読みながら手で書き取りをします。
目と手と口を全て使って頭にきざみ込むのです。

長文の解き方(物語文)

手を動かしながら読むこと

登場人物を丸で囲みながら、場所・時間のわかる部分に線を引きながら、カギカッコで話している箇所を線で囲みながら読みます。
こうすることで、文字だらけの長文が構造物として目に飛び込んできます。

長文の解き方(論文)

読んでおくべき論文の本

論文や随筆の場合は、登場人物や場所・時間の背景が関係ありません。
この場合は、接続詞を丸で囲みながら読んでいきます。
こうすることで、文字だらけの長文が構造物として目に飛び込んできます。
また、論文や随筆の場合は、中学生の日常生活にあまりなじみの無い言葉もたくさん出てきます。
あらかじめ、以下のような本(漫画やイラスト付きの簡単な解説書で良い)を読み、興味を持てるようにしておきましょう。

・文字・言語に関する本
・文化・民族に関する本
・宗教に関する本
・哲学に関する本
・自然・環境に関する本

古文・漢文

読んでおくべき古文・漢文

古文や漢文は、まず何が書いてあるかを知っておくことが大事です。
これも漫画やイラスト付きの本でよいですから、あらかじめ読み親しんでおくことが大切です。

 

・どうすれば伸びるのか?

文章読解能力
とにかく本を読むことです。
本をたくさん読むと、読むスピードが早くなりますし、文字(熟語)も覚えます。
そして、読みながら、情景や場面を頭の中にイメージすることです。
登場人物の服装や顔立ちさえも頭の中にイメージすることです。
このイメージ能力(想像力・妄想力)こそが国語の能力の基本です。
そうすることで読み解く力がついてきます。
作者の意図が読み取れるようになります。
できれば、声に出して読んでみましょう。
声に出すことで、脳にやきつけられます。

どんな本を読めばよいのか
難しい本を無理して読む必要はありません。
自分の興味のありそうな本から読めばよいのです。
今は、ブックオフなんていう古書店もありますし、安く読むことができます。

作文能力
文章が書けないのは、自分の考えを文章を書いたり、話したりしてこなかったからです。
考えていることや思っていることを、声に出して話しましょう。
話すことで自分の考えを頭の中で組み立てはじめます。
また、話すことで他人の書いた評論文の解読能力もつきます。

漢字
漢字は、何度も書いて覚えること。
漢字の形はこじつけで覚えること。
こじつけた言葉も声に出し覚えること。

熟語
熟語は、本を読まないと(つまり使用例にふれないと)本当の意味では覚えません。
やはりこれも、重要なのは本を読むことです。

四字熟語・ことわざ・慣用句
小学生向けのクレヨンしんちゃんやドラえもんの辞典が出ています。
ブックオフなどにもありますから、不得意な人はこれを読むことからはじめると良いと思います。

古典
古典は、教科書に掲載されている一部分のみ読んでも、おもしろくも何ともありません。
古典は、まず書いてある内容を知ることです。
そして、この内容の面白さを知ることです。
文法は後回しにして、まずは漫画やイラストで刊行されている本を読んでみましょう。

 


 

英語

 

単語の覚え方

漢字と同じです。
目で眺めているだけでは、頭に入りません。
口でぶつぶつと読みながら手で書き取りをします。
目と手と口を全て使って頭にきざみ込むのです。
また、英語は、ローマ字や仮名のように、音と文字が完全に一致している単語ではありません。
漢字のような表意文字と似たところがあります。単語の全体的形状を目に焼き付けます。
特にlrが使用されている単語はそうです。
英単語は、自力塾では暗記指令として毎回配布します。

熟語の覚え方

まず、熟語を一覧化して暗記すること。
自力塾では暗記指令として毎回配布します。

文法の覚え方

文の組み立て方法を一覧化して暗記すること。
自力塾では暗記指令として毎回配布します。

長文の解き方

まず、文章の中にある熟語の部分に全て線を引きます。
次に、登場人物(主語)に該当する単語を丸で囲みながら読み進めます。

 

このように考えてはいけない
英語は、英語をしゃべれるようにすることが目標なのではありません。
英語は、英語というものを通して、言語の法則性や論理性を身に付ける教科です。
英語をしゃべれるようになりたければ、英会話スクールに行って下さい。

英語は、一見論理的な教科のようで、実は暗記です。
法則に沿っているようで、例外だらけです。
例外の方を覚えた方がよいくらいです。
言葉は文化であり、文化は論理的ではありません。

熟語の重要性
「英語は、文法を覚えて、単語を身に着ければ、あとはそれどうしの組み合わせでしかないから大丈夫。」と思っている生徒がとても多いです。
ここに大きな間違いがあります。
英語で重要なのは、熟語、そして慣用句です。
これをちゃんと暗記しないから点数が取れません。(なぜか学校でもあまりちゃんと教えていませんが、試験にはしっかり出ています)
中には、「熟語って何?」とか「熟語は覚えなくてはならないものとは思ってなかった。」などと言う子もいます。
半分は熟語の問題です。
長文問題も熟語を知らないと解けない問題だらけになっています。
 中学生で覚えるべき熟語の数は、最低でも400(~800
中学生で覚えるべき単語の数が1200ですから、英単語の約半分の数の熟語を覚えなくてはなりません。
英熟語は、英単語と同じくらい重要なもので、英単語と同じと言ってもいいくらいなのです。
 英語の語彙数は、世界でも非常に少ない言語なのです。
それに比べて日本語の語彙数は、世界でも非常に多い言語です。
日本語は、新しい言葉や省略した言葉が次々と生まれては消えています。
そのかわり、全く別の意味なのに同じ音の言葉(同音異義語)も多くなります。
これに対して、英語は逆で、同音異義語がほとんど無い代わりに言葉の数自体が少ないのです。
そこで、英語では、2語以上の言葉を組み合わせることで言葉の数を増やすのです。
例えば

日本語

英語

あさって

the day after tomorrow

流星

shooting star

といった具合です。
ですから、熟語の暗記は大事なのです。

 


 

数学

 

正負の数

横の数直線を縦の温度計に置き換えて考えてみること。
詳しくは、本文にて

文章題の解き方

図に置き換えること。
新聞記者のように、読みながら書いてあることを図に置き換えること。
詳しくは、本文にて

座標の解き方

文章や図には、全ての数値や角度が書いてあるわけではありません。
問題文を読みながら、まず、洗い出し・書き出しを行います。
詳しくは、本文にて

角度の解き方

文章や図には、全ての数値や角度が書いてあるわけではありません。
問題文を読みながら、まず、洗い出し・書き出しを行います。
詳しくは、本文にて

図形・証明の解き方

文章や図には、全ての数値や角度が書いてあるわけではありません。
問題文を読みながら、まず、洗い出し・書き出しを行います。
詳しくは、本文にて説明していますが、以下、簡単ですが、図形・証明のコツです。
中点が出たらどこかに二等辺三角形ができます底角が必ず二つできます。
二等分線が出たらどこかに二等辺三角形ができます底角が必ず二つできます。
平行が出たら錯覚・対頂角を探します。
正方形平行です。錯覚・対頂角を探します。
長方形平行です。錯覚・対頂角を探します。
平行四辺形・台形平行です。錯覚・対頂角を探します。
正三角形各頂点は60度です。図に書き込みましょう。
二等辺三角形一つの角度がわかれば、その他も全てわかります底角が必ず二つできます。
直角三角形直角三角形の合同を使用します。
垂線直角三角形の合同を使用します。
などなど

公式

必ず、まず先に暗記してください。
いつか暗記するでは、いつまでたっても暗記しませんので。

 

社会に出て何に役に立つのか?

このように考えてはいけない
数学と算数とは、言葉が違っているように、目的とするところが全く違います。
算数というものは、算術であり、計算の能力をつける教科でした。
ですから、大きな数や長い桁の小数、複雑な分数どうしの計算を早く間違いなくできることが目的でした。
数学は、算数ではありません。
計算の能力をつける教科ではないのです。
ですから、これからは長い桁の小数、複雑な分数どうしの計算はほとんど出てこなくなります。
数学の目的は、これらの計算を正確に行うことではないからです。
算数と数学の共通点は、数字を使っているということぐらいです。
数学を学んだからといって、小学生以上に計算能力が高くなるわけではなりません。
暗算が得意になるわけではありません。
算数という教科の延長線上に数学があるわけではないからです。
 では、数学の目的は何なのか?
それは、数学的な思考能力をつけることです。
数学的な思考能力とは、論理的な能力(演繹法・帰納法)、平面図形、空間図形などです。
算数の答は、計算して値を出すことです。
しかし、数学の答は数値とは限りません。
数式の場合もありますし、文字だけの場合もあります。
それが数学なのです。
今はまだわかりいくいかもしれませんが、とにかく、数学というものは、算数とは全く別の教科なのだと考えてください。

・どうすれば伸びるのか?
以外かもしれませんが、数学を伸ばすのは美術です。
平面認識能力・空間認識能力は、座標(関数)や図形と密接なかかわりがあります。
図を描く、折り紙を折る、工作をする、模型を作る
このような手を使った作業が数学的な思考能力を高めているのです。

やってはいけないこと
数学でやってはいけないことは、暗算です。
算数のときは、さんざん暗算をやらされたと思いますが、数学では厳禁です。
暗算は速く計算できていると思いがちですが、実際には、逆に遅くなってしまいます。
さらに、暗算は計算ミスを多く引き起こしてしまいます。
ミス無く、早く問題を解くためには、暗算をやめ、どんなにささいな計算でも書くこと。
どんなにささいな計算でも筆算することです。
ケアレスミスや時間切れでテストの点数が取れない原因のほとんどは、暗算をしていることによるものなのです。

 


 

理科

理屈と暗記です。
暗記だけで、理屈がわかっていなければ、応用問題に対処できません。したがって、半分しか取れません。
理屈だけわかっていて暗記をしていないと、基本問題も解けません。したがって、半分しか取れません。

・どうすれば伸びるのか?
このように考えてはいけない
理科は、論理・計算の科目であると同時に、暗記の科目でもあります。
理屈だけでやりぬこうとしても、とれる点数には限界がありますし、逆に、暗記だけでやりぬこうとしても、限界があります。
そして、理屈で勉強すべき分野と暗記が重要になる分野が、往々にして間違ってとらえられているのです。

化学

理屈のようで、実は暗記教科です。
化学反応式は、理屈で導かれたというよりも実験の結果なのです。
今でも、科学の世界は実験してみないと、どんな結果になるのかわからない分野です。
ですから、元素記号、化学反応式、イオン式、酸化・還元の式を覚えることが、まずは基礎になります。

物理

これは、上の化学とは全く逆で、理屈の分野です。
しかし、だからといって公式を暗記しないと痛い目にあいます。
ですから、まずは公式を暗記し、それを問題を解くことで使いこなせるようにすることです。

生物
地学

一見暗記ものですし、用語と意味を暗記しないと話になりません。
しかし、その向こうには、そうであることの理屈があるのです。
残念なことに、教科書もテキストもあまりこの理屈の部分をうまく説明しているものがありません。
理屈から入ると暗記がしやすくなるのです。(これは自力塾で指導いたします)

理科を伸ばすコツは
身のまわりにあるいろいろなものに触れてきたか。
そこに不思議さを感じてきたか。
その理由がわかったとき、おもしろいと感じることができるか。
そこにつきます。
例えば

カップ焼きそばのお湯を流しに捨てるとき、なぜ「バン」と大きな音がするのか?
ラップに包んだスープをレンジで温めると、どうしてラップがふくれるのか?

などなどです。
このような疑問と論理的思考を常に持って生活していくことが大事です。
「理科」とは、「理(ことわり)の科目」の意味です。
理屈とか因果関係の学問が理科なのです。

 


 

社会

理屈と暗記です。
暗記だけで、理屈がわかっていなければ、応用問題に対処できません。したがって、半分しか取れません。
理屈だけわかっていて暗記をしていないと、基本問題も解けません。したがって、半分しか取れません。

・どうすれば伸びるのか?

現地に行けば、頭に入る量もかなり違うはずですが、世界各地・日本各地に行けるわけではありません。
地名をネットでキーワード検索やグーグルマップで調べましょう。

地理は暗記科目ではあります。
しかし、その奥には、なぜその地がそうなのかという論理的な背景(理屈とそこにいたる歴史)があります。
それを考えて勉強することが大事です。
「地理」とは、「地の理(ことわり)」の意味です。
その地の理由を勉強するのが地理です。

企業もついでに覚える
教科書には書いてありませんが、産業というものは、常に企業と密接な関係があります。
実は、裏で、この企業名をリンクさせて覚えると頭に入りやすくなります。
例えば、浜松が自動車産業や楽器で有名なのは、実はそこにヤマハの工場があるからなのです。
北海道が食品で有名なのは、そこに雪印とか日本ハムの工場があるからなのです。
では、なぜそこにあるのか
地理の理屈は続きます。

・どうすれば伸びるのか?

人物名をネットでキーワード検索してみましょう。
漫画版の日本の歴史も多く出ていますしブックオフでも売っていますが、このようなものを利用して、場面・背景・人物の顔をともなってストーリーを知ることは、とても身につきます。

歴史は暗記科目ではあります。
しかし、その奥には、なぜその地がそうなのかという論理的な背景があります。
特に歴史は、人と人、国と国の因果関係によってつくられてきたものです。
それを考えて勉強することが大事です。

このように考えてはいけない
歴史は、昔の偉い人の行動について学ぶのではありません。
人間がかつておかしてきた過ちや、時代を超えても何度も繰り返す間抜けさに学ぶのです。
現在がはたして正しいといえるのか、そして次にいかなる時代をつくれば良いのかを昔に学ぶのが歴史なのです。
そう考えると、現代社会も完全とは言えないのです。
間違っているのかもしれません。
ある部分は、昔の方が正しかったことがあるかもしれません。
逆に言えば、未来の人は、歴史で「21世紀の人は何て不平等で不自由だったんだろう」と思うかもしれないのです。
ですから、「現代が最も文明が進んでおり、昔は劣っている。だから昔のことなど学ぶ必要はない。」などと考えてはいけません。

ある法則があります。
・どの時代の人間も「今の自分の時代が一番文明が発達していて良い時代だ」と思っている。
・誰もが皆、自分が正義と思って行動している
・正義が勝ったのではない。勝ったのが正義となる。

 


 

各教科に必要な能力と各教科間の相互関連性

 


 

国語・英語

 

その教科を伸ばすために基本的に必要だったこと

その教科で伸びる能力

その教科を伸ばすためにさらに必要なこと

他教科への有効性・関連性

文章を読む力
話す力
話を聞く力
書く力

読んで場面を画像にイメージする力
読んで書いてあることを構造として読み取る力
論理的に話を組み立てて説明する力
人の考えや想いを読み取る力
自分の考えや想いを言葉や文章として表現する力
漢字力・熟語力
語彙力

読書量
作文量
語彙暗記力(こじつけ力・根性)

英語(発問の文章読解能力)
数学(発問の文章読解能力)
理科(発問の文章読解能力)
社会(発問の文章読解能力・歴史的語句の漢字読解・漢字の変遷・アルファベッド字の変遷)
美術(読書感想画・挿絵)
音楽(詩と音の相互関連)

 


 

数学

 

その教科を伸ばすために基本的に必要だったこと

その教科で伸びる能力

その教科を伸ばすためにさらに必要なこと

他教科への有効性・関連性

折り紙
積み木
工作
模型
絵画
買い物
理屈

計算能力
法則に沿って答を導く能力
論理力
図像化する力
平面把握能力
空間把握能力

画像イメージ力・図像化力
平面把握能力
空間把握能力
公式の暗記
問題を解く訓練
暗算をしないこと

美術(文章問題のイメージ力・空間把握・立体把握)
音楽(楽譜のデジタル性・音と振動・等比級数と平均律)
理科(力学・地震・電気などの計算)
社会(十進法・60進法・ゼロの発明・フランス革命とメートル法)

 


 

理科

 

その教科を伸ばすために基本的に必要だったこと

その教科で伸びる能力

その教科を伸ばすためにさらに必要なこと

他教科への有効性・関連性

身のまわりの物や事柄への好奇心(疑問力)
家事
楽器の演奏
おもちゃ
工作
模型

論理力(因果関係)
身のまわりから法則性を発見する力

学習漫画を読むこと
暗記力(こじつけ力・根性)

数学(力学・地震・電気などの計算)
音楽(音と振動)
社会(経度と時差・回帰線・白夜・地球球体説・地動説の発見理論・蒸気機関と産業革命)
美術(観察画・絵具の化学・印象派とスペクトル理論)

 


 

社会

 

その教科を伸ばすために基本的に必要だったこと

その教科で伸びる能力

その教科を伸ばすためにさらに必要なこと

他教科への有効性・関連性

身のまわりの人や出来事や土地への好奇心(疑問力)

論理力(因果関係)

学習漫画を読むこと
歴史映画・歴史ドラマの鑑賞
暗記力(こじつけ力・根性)

理科(経度と時差・回帰線・白夜・地球球体説・地動説の発見理論・蒸気機関と産業革命)
音楽(バロックと絶対王政・古典派と市民革命・ワルツと鹿鳴館・その他各時代の音楽)
美術(ルネサンス・絶対王政と宮廷画家・市民革命とサロン・浮世絵と印象派・その他各時代の美術)
国語(各時代の文学)

 


 

美術

 

その教科を伸ばすために基本的に必要だったこと

その教科で伸びる能力

その教科を伸ばすためにさらに必要なこと

他教科への有効性・関連性

折り紙
積み木
工作
模型
絵画

別途参照

見る力・観察力

数学(文章問題のイメージ力・空間把握・立体把握)
理科(観察画・絵具の化学・印象派とスペクトル理論)
社会(ルネサンス・絶対王政と宮廷画家・市民革命とサロン・浮世絵と印象派・その他各時代の美術)
国語(読書感想画・挿絵)
音楽(民族楽器の制作・CDジャケットのデザイン)
指先と脳の関係

 


 

音楽

 

その教科を伸ばすために基本的に必要だったこと

その教科で伸びる能力

その教科を伸ばすためにさらに必要なこと

他教科への有効性・関連性

楽器の演奏
歌をうたう

数学(楽譜のデジタル性・音と振動・等比級数と平均律)
国語(詩と音の相互関連)
社会(バロックと絶対王政・古典派と市民革命・ワルツと鹿鳴館・その他各時代の音楽)
理科(音と振動)
指先と脳の関係

 

根本ベース

上記は、教科間の相互作用について書いたものであすが、実際には、幼時の段階で何をしておくべきかが大事です。
以下は、小学校に入学する前に、家庭でやるべきことがらです。
このようなことが、学力を伸ばす根本的なベースになっているのです。

子どものwant

必要なこと

家でやるべきこと

身につく力

主に影響する教科

好奇心
知らない世界を知りたい

知りたい
本を読みたい
絵を見たい
漫画を見たい
色々な体験をしたい

読書(絵本・童話など)
漫画
アニメ・映画
体験(探検・冒険)

親に好奇心があるか
オバケ・恐竜・昆虫・アニメ(すなわち、大人から見ると非日常的な世界)についての絵本・書籍・図鑑などがあるか
旅行先や休みの日の催しもの体験コーナーなどに参加させているか
買い物に連れて行っているか
家事を手伝わせているか
旅行・買い物・家事において、子どもが聞いてくる様々な疑問に対して親が真摯に答えているか

全教科

大人と同じようになりたい
大人の真似をしたい
(同化力)

しゃべりたい・話したい
文字を覚えたい
文字が書けるようになりたい

会話・説明
読書
作文

会話があるか
コミュニケーションがあるか
親が人の話を聞いてるか
親が子どもに説明をさせているか
親が子どもの説明を聞いているか
家に本がたくさんあるか
本をすぐに捨てたりしていないか
親が本好きか
親が子どもに本を読んであげているか
子どもに本を買い与えているか

手の巧緻性
語彙力
文章作成力
文章読解力
文章を読むことでのイメージ力

全教科

たくさんのものを覚えたい
覚えるのが楽しい

暗記

親が、干支とか、七福神とか、般若心経とか、寿限無とか、九九とかの暗記している事柄(子どもにとっては意味のわからないものでも良い)を子どもの前で言ってみせているか

暗記力

国語
社会
理科

計算できるようになりたい
解けるようになりたい

計算
積み木
知育玩具
工作

積み木や知育玩具があるか
工作をさせているか
いっしょに買い物に連れて行っているか
そのとき、値段やおつりについて何か話しているか
割引・ポイントについて話しているか
車で出かけるとき、時速と道のりとについて話があるか
家の中に、時計や計りや温度計があるか

計算力
論理性
イメージ力・シミュレート力
空想力・創造性
空間認識能力・平面認識能力

算数

創造したい・表現したい
(創造力・表現力)

手を使って何かをつくりたい
絵を描きたい

積み木
知育玩具
工作
絵画

積み木や知育玩具があるか
工作をさせているか
絵描き歌などで親や祖父母が子どもに絵を描いてみせたか
また、親が折り紙を折ってみせたか
絵を描く道具や材料があるか
絵画やデザインの画集や書籍があるか

手の巧緻性
論理性
観察力
イメージ力・シミュレート力
空想力・創造性
空間認識能力・平面認識能力

図工
算数
理科

歌いたい
楽器を演奏したい

歌う
楽器を演奏する

家の中に楽器と呼べるものがあるか
子どもがそれを鳴らすことに対して「うるさい」と叱りつけていないか

手の巧緻性
脳と手の発達

音楽
その他の教科

文章を書きたい


作文

国語


その他、必要なこころ

好奇心

克服する楽しさ・喜び
できることの楽しさ・喜び
考える楽しさ・喜び
知る楽しさ・喜び
創造する楽しさ・喜び
表現する楽しさ・喜び

問題解決能力

なめないこころ(コツ参照)
あきらめないこころ・繰り返しやってみる力
たよらないこころ・依存しないこころ
自分を信じるこころ・自分を卑下しないこころ

義務力

なめないこころ
先延ばしにしないこころ
必要と思うこころ
まじめさ

整理する力

教科書・ワーク・プリントなどは、ちゃんと教科・時系列にファイリングされているか
平積みしていないか
勉強を行う場所の周りは、常にかたづいているか
筆記具の準備は、常にできているか

好奇心
勉強の根本にあるものは好奇心です。
そして、大人になりたい、大人と同じになりたいと願う心です。
これが、学習意欲をつくるのです。
 会社の社長は、みな好奇心の塊です。
そして、成功者はあきらめない人たちです。

工作好き・絵好き
 幼児の頃、いかにこれをさせていたかで、算数や理科の能力に違いが生まれます。
平面認識能力・空間認識能力、論理性、因果関係、座標、図形、数学の文章問題に有効です。

本好き
 親が本を好きなのか。
家に本がたくさんあるのか?
本をとっておく家か、それともすぐに捨ててしまう家か?
親が本を読んでくれたか?
このようなことで、子どもの本好きかどうかが決まります。
本好きかどうかは、読解力や自己表現力に影響してきます。

暗記好き
 「七福神が言える。」「七草が言える。」「十二支が言える。」など誇らしげに言う児童がいます。
暗記して大人と同じようになることが誇らしいのです。
このようなことから暗記の喜びや暗記するくせというものが身に付くのです。
親が言えないとか、そんなこと覚えても何にも役に立たないなどと言ってしまっては、暗記に対する価値観がうすれ、後々困ることになります。

鉛筆の持ち方
 箸の持ち方と鉛筆の持ち方は違います。
鉛筆の持ち方で箸を持つくせが付くと、麺類がうまくつかめません。(箸は、親指と人差し指で上の箸をつかみ、中指で下の箸を固定する。)
箸の持ち方で鉛筆を持つと、筆圧が弱くなり、細かい文字が書けませんし、字がきたなくなり、さらに字を書くことが疲れます。(鉛筆の持ち方は、親指と中指のペンだこのところではさみ、上からそっと人差し指をそえて押さえる。)
ちなみに、書道の筆の持ち方は、親指対人差し指&中指ではさみ、薬指&小指は内側へ入れる。(双吊)
デッサンの持ち方は、親指と人差し指ではさみ、あとの指はすべて向こう側へまわす。
このように、持ち方は全て違います。
幼少の頃、「箸と鉛筆は同じように持つ」と覚えてしまうと、後々矯正不可能になっていきます。
特に、中学校になっても漢字やアルファベットを書くことを嫌がるようになります。
そして、前述のように、書かなければ暗記もできないのです。

生活習慣
これは、コツ(その1)で述べている通りです。
学力の差は、実は頭の問題ではなく、心(生活習慣)の問題が大きいのです。

思い込み・勘違い一覧

思い込みや勘違いが意外と学力の向上を阻んでいる原因になっていることも多いです。
一つ一つ説明すると長くなりますが、ざっと以下のようなものがあります。

全般的なこと

数学

英語

理科

社会

鉛筆と箸
良い高校に行くと良い大学に行ける
暗算と筆算
試験用紙を汚す
寝ずに勉強

=の意味
0より小さい数
符号の意味
()の意味

英熟語の重要性
11にはならない

気象・地学は意外と理屈
化学は意外と暗記

今がBESTではない
東京は標準ではない
きれいごとではない・偉人偉業伝ではない
正義・標準
産業別人口

 

 

所得の格差と学歴の格差には関係があるのか

最近、よく言われていることに「所得の格差が学力の格差を生んでいる」という問題があります。
以下のようなものです。

所得の低い家庭は、偏差値の高い学校へ行けない。
また、入学しても高い授業料が必要なため、中途退学してしまう。
そしてその結果、所得の低い家庭の子は、良い職業に就くことができず、所得の低い生活になってしまう。
さらに、そこに生まれた子供は、同じような現象になるため、ここに負のスパイラルが生じる。
逆に、所得の高い子は、高い偏差値の学校を出て、給料の良い企業に就職できるため、高い所得を得ることができる。
全体的に見ると、格差が広がっていることになる。

さて、これが本当かどうかを論ずる前に、いくつか確認しておるべきことがあります。

1:学力と学歴は違うもの
 まず、ここで言っているのは、あくまでも「学歴」であり、「学力」とは違うものだということです。
学歴と学力は違います。
また、学力と学歴には、相関関係はありません。
学力が高いから、学歴が高いとは限りませんし、逆に、学歴が高いから学力も高いとは限りません。
 ついでに言っておきますと、学力と知能も違うものです。
それから、知識と知恵も違うものです。
これらは、イコールでつながっているわけではありません。

2:学歴と所得はリンクしているのか
 偏差値の高い大学を出ると、はたして本当に給料の高い企業に就職することができるのでしょうか?
高学歴だと高収入・高所得になるのでしょうか?
これは、進むべき職種にもよると思いますが、
私の経験から言えば、ある程度そのようになっています。
 というのも、高学歴の社長や従業員によって編成されている企業は、それなりの考え方をする人が多く、それなりの業績があるからです。
会社の品格や業績と、そこに集う従業員には、ある程度の相関関係があるのです。

3:学力における親と子の遺伝関係
 学習能力において、親と子の関係(DNAによる伝達)はあるのか
親の学力(学歴)が高ければ、子の学力も高いと言えるのか?
 実は、これについては、先ごろ海外の研究結果が発表されていますが、ほとんど因果関係はありません。
そもそも遺伝とは、たんぱく質を形成する情報ですので、基本的には物質的なものの情報の伝授です。
心理的、性格的、趣味嗜好的なものは、遺伝されません。
これらは、後天的に家庭環境やまわりの環境によって形成されるのです。
 ここで問題にしているのは、あくまでも学歴と所得の関係と、それによって引き起こされる負のスパイラルです。
「親の収入によりその児童の学力に格差が生まれているのではないか。」という問題点です。
 
平成26 9 月に文部科学省が発表した結果によれば、2012 年度に大学などを中途退学した人は全学生の2.7%にあたる約7万9 千人でした。
その理由のうち、「経済的理由」により中途退学した割合は20.4%と原因の中で最も多かったのです。
それに次ぐ原因は「転学」15.4%、「学業不振」14.5%、「就職」13.4%となっています。
本来であれば、(昔などであれば)退学の主な理由は、経済的理由などではなく、学業不振とか、怠学による単位不足でした。
大学をやめたいわけでもないのに、勉強しないわけでもないのに、お金が払えないから大学を辞める人が増えているというのが、現在の日本の実情なのです。

 「学費が払えない。」
この理由は、「日本全体の家計が昔よりも苦しくなっているから」でしょうか?
それとも、「日本の大学の学費が高くなったから」でしょうか?
答えは、二つとも正解です。
 まず、「日本全体の家計が昔よりも苦しくなっているから」について見ていきましょう。
いわゆる普通のサラリーマン、および公務員の家庭でも、「夫婦が理想とする人数だけ子供を持てないのは、子育てや教育にお金がかかりすぎるから」という理由が、アンケートでも一位になっています。(国立社会保障・人口問題研究所 第13回出生動向基本調査)
つまり、普通の年収(日本人平均年収4044歳時点 男性約564万、女性約290万円)の家庭であっても、夫婦共働きで無ければ、子供の大学までの費用の負担がきつく、ましてや親の世帯年収が300万円以下の家庭では、大学までの教育費用を十分に賄えないのが現状になっているのです。
 二つ目の「日本の大学の学費が高くなったから」についてですが、1980年には文系国立大学で年間授業料が約18万円、2013年には約54万円と3倍になっています。
また、私立文系でも、当時との比較で2.4倍となっています。
つまり、バブル崩壊~リーマンショックの時期を経て、「親の収入はさほど上がっていないのに、教育費だけは上昇している」という現実があぶりだされているのです。
 このOECD(経済協力開発機構)レポート(Education at a glance2014)によると日本は教育費の家計での負担割合が30.5%とOECD加盟国の中でも28ケ国中第4位に位置しています。
家計の支出に占める教育費の割合は、世界的に見ても、日本は4位です。(添付資料-2参照)
それほど、日本は教育にお金のかかる国なのです。
これは子供が充実した教育を受ける事はその親の収入に左右される事を意味します。
又、以下の東京大学の「生活実態調査2012年」によると、東大生の6割近くは、親の年収が950万円以上であるとの調査結果が出ています。
 日本は、1993年のバブル崩壊後、失われた20年、リーマンショック、デフレなど90年代後半以降、ほぼ不景気と言ってもよい状態にあります。
景気は低迷し、給与所得も上がらない状態が続いています。
 しかし、教育費も下がっているわけではなりません。
80年代以降には、皆が塾や通信教育などの学校外教育に行くようになり、ますます教育費は増えています。
 一体、戦後の日本の教育ととりまく環境は、どう変化してきたのでしょうか?
ここで、ひとまず、この流れについてまとめてみましょう。
 

19501970年代
3種の神器と1億総中流時代
・所得の格差と学力の格差が一致していなかった時代
70年代までの教育と学力
・家計における学校外教育費は、どんなものだったか?(学研の科学と学習)
・親は共働きではなく、子は塾に行っていない家庭(サザエさん、ドラえもん、パーマン、ちびまる子)
・兄弟は少なくなった。
・昔の授業参観や運動会は、必ず日曜日であり、参加者も今よりずっと多かった。

つまり、70年代までは、日本のほとんどの小中学生は塾など行ってはいなかったのです。
では、学力が今よりも低かったかといいますと、そんなことはありません。
むしろ高いくらいだったのです。
当時の学習指導内容は、もっとも詰め込み教育のはげしかった時代です。
実は、私はこの時代の小学生でした。
小学校4年生のときには、機械化学習と称してOHPなどが積極的に導入されました。
また、算数の追加分を教科書に貼らされました。
内容は、今の数学Aの分野にある集合・ベン図です。
6年生のときは、n進法も乗っていました。
だけども、当の子供たちは、別段大変だとは思っていませんでした。
後の、ゆとり教育開始の弁明「詰め込み教育の反省から」ですが、反省すべきようなことは何も起きてはいなかったのです。
しかも、当時の子供たちも負担とは思ってもいませんでした。
ゆとり教育は、大人の憶測とイデオローギーによってはじめられたのです。
 また、この時代は、当時を舞台としたドラえもんを見てもわかりますように、夫婦共働きではありません。
父親の給料だけで十分家族を養っていけたからなのです。
授業参観や運動会は、必ず日曜日に行われており(月曜日が振替休日だった)、今よりも参加者は多かったです。
それほど、家計と労働にゆとりがあったのです、

今や、兄弟は少なくなり(少子化)、共働きなのに、教育費がかかっています。
子供の人口は少なくなっているのも関わらず、共働きの率は高くなっているのです。
父親一人だけの収入では、子供一人育てることができなくなっているからです。
これらは、昔よりも景気が悪くなっている証拠に他なりません。

 この時代、所得の格差と学力には、格差があったでしょうか?
1980年代以前の、ほぼ学校教育のみが教育のインフラであった時代のことを考えてみると、八百屋の息子が医学部を目指して頑張っていたり、同じく八百屋の息子が防衛大学目指していたりしました。
いずれも母親が教育ママだったが、おそらく、所得の低さから安定した職に就かせようとしていたのでしょう。
この二人は常に学年の上位にいました。(ハングリー精神)
他に成績の良い子の家の職業というのは、花屋、花屋、質屋の社長、医者、サラリーマンという感じでした。
同時に、所得の高い子供で、成績が低位にいる子供もいました。
彼の父親は社長であり、彼は、いわゆる不良でした。
他に低位にいた子供の家の職業では、仕立て屋、板金会社の社長というところでしょうか。
つまり、かつての学校教育のみが教育のインフラであった時代には、家庭の所得と学力の間には、相関関係は見られなかったのです。
それどころか、この時代の学力は今よりも上だし、最も詰め込み教育がなされた時代でもあります。
しかも、白黒文字、白黒写真の教科書の時代でもあるのです。
 

1980年代:塾産業の始まりとその理由
・ゆとり教育の開始
・そして、みんな塾に行かせるようになった。
・荒れる学校・金八先生の放送開始
・バブルの到来
・国公立大学の急激な値上げ

80年代の初頭から、国立大学が毎年倍倍状態で授業料が値上げになりました。
私は、ちょうどこの頃の国立大学生でしたが、私は半年で74000円、一つ上の先輩が30000円、さらに一つ上の先輩が15000円、さらに上の先輩が6000円といった具合です。
後輩はと言えば、一つ下が14万円くらいでした。
同じ学部学科内学生での1年生と4年生では、何と10倍近い授業料の開きがあったのです。
 さて、この80年代の初頭(この頃はまだバブル経済ではありません)、ゆとり教育がはじまります。

自身のフェイスブック投稿より
かなりの人が勘違いしていますが、ゆとり教育の開始は1980年度からです。
現在、48歳くらいから下の日本人は、すでにゆとり教育世代なのです。
授業時間が大幅に削られ、創意工夫の時間が開始された時からがゆとり教育の開始です。
詰め込み教育がどうのこうの言われているのは、それより前の世代で、その最もすごかったのが、私たちの世代です。
昔から不思議に思うのですが、つめこみ教育がどうのこうの言われていますが、当の詰め込み教育を受けた世代の意見が聞かれたことがありません!
私たちは、小4から集合が入ってきたりしましたが、何ら苦では無かったですよ。
しかも、塾も家庭教師ほとんど行かない生徒ばかりでしたが、この世代の学力は落ちていません。
学力が落ち始めて、皆が塾に行き始めるのは、まさに80年代のゆとり教育の開始直後あたりからです。

 ゆとり教育が始まり、内容が大幅に削減されたことにより、不安になった親たちが子供を地元にあった学習塾に行かせ始めたのです。
それまでの塾は、よほどのお金持ちが行くところでしかなかったのです。
 当時の塾は、今のような大手の学習塾のような形態のものはありませんでした。
街ごとに小さな個人経営のような塾ばかりでした。
今の栄光ゼミナールも早稲田アカデミーも、当時はこのような塾だったのです。
それが、全国的な塾ブームにより、塾は巨大産業化していったのです。
 塾がブームになったもう一つの理由は、当時の中学校が校内暴力で荒れていたということです。
授業が成立しない学校も多く、不安になった親たちが子供を塾に通わせたのです。
この頃、私はちょうど荒れた学校で教師をしていました。
 当時は、バブル経済に突入していっている頃で、塾に通わせる経済的余裕もありました。
このようにして、日本では、塾に行くことが「当たり前」になったのです。
 しかし、70年代までとの比較でもわかりますように、ゆとり教育により学力はだんだんと低くなっていきます。

はたして、塾や家庭教師は効果があるのか?
今やほとんどの家庭で何らかの学校外教育を受けていますが、1980年代はじめのゆとり教育開始のときからです。
ゆとり教育になって不安になった親たちが塾通いをやらせはじめたのです。
それまでは、世の中のほとんどの生徒は塾に行っていなかった。(家庭教師は若干あった)
皆、自力で家庭学習をしていた。
しかし、その頃と現在を比べてみても、学力はさほど上昇していない。
それどころか、学力は、その頃よりも低下している。(ゆとり教育の影響もあるだろうが)

私見ですが
1980年から教育に携わってきた一人の学校教師・塾講師・家庭教師経験者の意見として)
私自身も塾講師の経験者ですが、塾というのはさほど学力向上の効果は望めません。
各社が広告に謳っているような効果は実際にはありません。
そこには、数によるマジックが使われているにすぎません。
ほぼ全員が塾に通っており、スケジュール通りに授業が行われ、内容は学校の補修を行っているだけです。
ある塾長の話によると、塾の存在意義というのは、「家にいても勉強しないから塾でやらせるのだ。」だそうです。
家庭教師による効果は、(私の場合は、ほとんどの生徒の成績をとりあえず上げていますが
一般的には、「家庭教師を付けて成績が上がる生徒は、10%に満たない。」との某家庭教師会社による内部発表です。
また、家庭教師を付けて伸び始めるのは、半年以上たった後で、23か月で伸びることは、まずありません。
また、ほんとうにできる生徒は、塾も家庭教師もやっていません。
 それでも、前述のように、私は家庭教師こそが最高にコストパフォーマンスの高い教育方法だと思います。
理由は、前述のとおりです。
教育の根幹は、コミュニケーションによってなしうるものだからです。
集団指導や衛星教育では、コミュニケーションが希薄になってしまうからです。
 ただし、学校の先生との相性が成績に影響するように、やはり家庭教師の先生との相性というのはあります。
そこは、教育がコミュニケーションによるものだからこそ、どうしても人間どうしですので、ありうる問題なのです。

つまり、塾や衛星教育などの学校外教育は、本当は効果があまりないのです。(ただし、家庭教師・添削による通信教育は除く)
効果があまりないのに、家計に対してお金はかかるのです。
しかし、塾を辞めることは、親としてはやはり不安になるものです。
他の子供も行っているのですから、自分の子供も塾に行っていないと勉強に遅れるのではないかと思うからです。
しかし、90年代にバブルが崩壊すると、家庭では、学校外教育は家庭での必要経費と思っているのに、肝心の所得は下がってくるのです。

1990年代以降に起きたこと
90年代、地域の塾が企業化してフランチャイズ化していった
今、学校外教育産業は、看板企業であり、ブラック企業化さえしている。
90年代、教育学部は女性だらけになった・塾講師は男性だらけになった。(センター試験の影響)
90年代、土光臨調により、大学の入試は簡単になり、少子化がそれに拍車をかけた。(後に、このことが大学生の低学力化を生み、社会問題になる)
90年代、dtpにより教育のインフラは進んだが、学力は伸びていない。
90年代、福武書店は通信教育のベネッセとなり、学研を駆逐していった。
90年代:小泉行政改革と国公立大学の法人化

90年代(1993年)にバブルが崩壊すると、再び日本は不景気に戻ります。
しかも、バブル経済というのは、見せかけの景気であり、本当は景気が良いわけではなかったわけですので、そのしっぺ返しが90年代に一気にやってきます。

この頃、国公立大学は法人化され、大学が私大と同じような競争社会に取り込まれていきます。
90年代は、学校外産業は、大きな会社に成長していきます。
また、日本の総中流時代の象徴だった「学研の科学と学習」は、新興のベネッセの添削システム(赤ペン先生)に駆逐されていきます。
この現象もまた、「総中流から格差へ」を表しているようです。

フルカラー・ページ増・写真・イラスト・キャラクター・おまけ でも学力は変化せず

90年代の後半からは、印刷分のDTP化が進んだことにより、教科書はフルカラーとなり、写真、イラストが大量に使用できるようになり、判型も大きくなりました。
さらに、今ではキャラクターも出てくるし、付録も付いているなど、至れり尽くせりの状態になっています。
それに比べて、80年代までの教科書やワークブックは、ほとんどのページが白黒の文字だらけで、写真も少なかったのです。
しかしながら、今と昔では、これらの教材環境による学力の向上という効果は見られません。
今後は、IT機器を利用した音声・動画付きの教材も簡単に利用できる時代になるでしょうが、だからと言って、(以上のことから)それが大きな効果を生むとは、残念ながら考えにくいです。

ここまでのことを具体的にまとめると以下のようになります。
所得の格差と学歴の格差には、相関関係がみてとれる。
不景気になり所得は減った。
大学の授業料が増えた。
学校外教育は、効果は疑わしいが負担は家計への負担になっている。
日本人の学力が向上しているわけではない。

結果として、以下の現実が生まれました。
日本における、家計における教育費の割合は、家計の4割近くを占める。
授業料が支払えず、大学を中退せざるを得ない学生が出てきた。
学歴と所得における格差社会が生まれ、負のスパイラルが生まれた。
学費の高さは、子供への絶望感を与え、学習の意欲もそぐ。
(どうせ勉強しても、うちの所得では行きたい学校へなんか行けない)

ついでに 学校外教育(塾・通信教育・家庭教師)が学歴格差に与える影響について
(学校外教育産業は、格差助長の一因なのか?)
現在、所得の格差が学力の差を生んでいるように見えるのは事実であるが、学校外教育がどのくらい所得による学力の差を生んでいるのか。
しかも、前述のように、学校外教育による学力向上の効果があるわけではない。
学校外教育の存在が、日本全体の子供の学力向上の底上げになっているわけではない。
学校外教育が、家計から教育費を捻出させ、それが出せる家庭と出せない家庭との間で格差社会が生まれているのではないかということも考えられる。
しかし、所得の格差を生むのは最終学歴によるものであり、(行かなくても良い)学校外教育にあるわけではない。
学校外教育は、学力を上げる効果があるかどうかが問題なのであり、効果がさほどないことが明らかなのであれば、それは親の所得には関係無い。

もしも、学校外教育(家庭教師・添削による通信教育は除く)が無かったらどうなるのか? 学力の変化はありません。
もしも、税金を投入して、所得の低い子供にも同じ学校外教育を補償し、完全に教育の機会均等を行うとどうなるのか? それでも、学力の格差は出ます。
お金が無ければ、本当に学校外養育も受けられないのか? 今やWEB上には、無料、低料金でどれだけでも問題やわかりやすい説明が存在します。
あとは、それをやるかやらないかだけです。

解決手段
所得の格差と学力の格差に相関関係があるのならば、所得の低い家庭の子供の学力を無くし、教育の機会均等を実現するためには、一体どのようにすれば良いと考えられるでしょうか。

日本の奨学金制度の改善について
 この様な背景の中、貧困の受け皿制度として、日本学生支援機構(JASSO)の奨学金制度がある。
これは大学、短期大学、高等専門学校、専修学校等の費用を日本学生支援機構が貸与(年利0.10.8%)し、奨学生が社会に出て、自立した後に返済して行く制度である。
現在、この制度を利用している学生は2.6人に1人に膨れ上がっているのだが、年間の貸与額も1兆円を超えており(要返還者数も400万人)、さらに、社会人になっても返済出来ずに破産する人も現れているため、教育投資に新たな問題を投げかけている。
大学を出ても職を得られないのは、社会に問題があるとの意見が蔓延する原因にもなっている。
 奨学金が返済不能になる学生の特徴は、大学は出たのに正社員にはなれず、派遣社員、アルバイト等を繰り返しているというものである。誰もが大学を出る時代において、日本の民間企業等の業績は思ったより上がっていないので、大学卒の受け入れ先のミスマッチも原因にあげられると思う。
 日本の大学は、文部科学省の認可制であり、毎年新設校(学部の新設も含む)が生まれている。(その半面、少子化により廃止に追い込まれている大学もある。)
 上記の奨学金制度は、学生自身の個人に対する貸付であり、大学当局の借金では無いので、現在の大学の重要な資金源、収入源になっているという事実がある。当然の結果として、学生が良い就職先等を得られなければ大学は儲かったが、卒業生は経済破綻を起こしてしまうケースも十分想定出来る。(実際に起こっている。)
 現在、文部科学省と日本学生支援機構との間で奨学金返済の延滞率を大学別に公表する動きも出ている。
そうなれば、「この大学を出ても稼げない」との現状を、大学当局自体がつきつけられる事となる。
 ちなみに、現在、一番奨学金の延滞率の低い学校は、東大でも医学部系でも無く、5年生の高等専門学校である。
すなわち、手に職をつけるスペシャリストは、漠然と就職先をあてにするホワイトカラーのゼネラリストよりも、企業からは引っ張りだこなのである。
 日本学生支援機構では、現在ワーキングプア対策として「所得連動型返還無利子奨学金制度」を導入している。
これは、社会に出て一定の収入に達した段階より返済をスタートする制度である。
但し、これは、あくまで貧困対策の一環であり、私は、将来的には大学時代の成績等を考慮し、一定の成績(国家資格等の取得も含む)以上を上げた学生は返済免除になる等の、学生自身のレベルアップを目指した給付型制度も検討すべきであると考える。
その場合は、給付型を増やすにあたっての財源として、税制(特に消費税)の議論もしなければならないと考える。
 大学側にも、将来のビジネスマン育成の為の実践的な努力を含めて、プログラムの充実を期待したい。

国公立大学の存在意義について
 もう一つの手立てとしては、国公立大学の学費を80年代以前のレベルまで引き下げるという手段があると思います。
そもそも、国公立大学の本来の目的は何だったのでしょうか。
国公立大学の本来の設立目的には、「お金が無くても学問の志がある者には国家が金を出す。それは国の宝になる人材を育てることになるからだ。」ということがあったのです。
ここに立ち返ることではないでしょうか。
これは、国の政策指針だけで改善されることなのです。
これこそが、最もシンプルに、最も簡単に、最も早く「所得と学歴の格差の負のスパイラル」を解く手段なのです。






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