神と人の定理






神の条件

 エヴァの世界における「神」とは、知恵の実と生命の実の両方を持つもの(11)をさす。



生命体の源は神か?

※ゼーレ「神を造ってはならん」

01+10=11=神の定理の提示。

※ゼーレ「我々は、新たな神を作るつもりはないのだ」

 では、新たでない神が存在するのか?

知恵の実と生命の実の両方を持つものが神だとすれば、それはロンギヌスの槍が刺されて01+10にしようとされているリリスでなければならない。

そして、前述の論考(両者とも赤い土によってつくられたという伝説、天使ではなくヒトの名をつけられている、背中のイボイボの酷似)によりアダムとリリスは並列でなければならない。

であるならば、アダムもまた、本来は11=神である。

※リツコ「15年前、人間は神様を拾ったの」

よって、アダムは本来、知恵の実と生命の実の両方を持つ「神(11)」でなければならない。

であるならば、アダムと並列のリリスもまた、知恵の実と生命の実の両方を持つ「神(11)」でなければならない。

しかし、西暦2000年の時点では2者とも生命の実しか持たない01である。

したがって、アダムに槍を使用したのも、リリスに槍を刺したのも神(11)へ戻すための作業であると考えられる。

01+10=11となるからである。

槍を刺すという行為は、「愛を(A10)与える」「死を与える」と同義であるが、同じ使徒と呼ばれる場合でも「生命の源」の場合には愛を与え、「第3使徒〜第17使徒」の場合には、死を与えるものと思われる。



人と使徒の定理

 何故、第1と第2使徒は、生命体の源であり、本来は11なのに使徒と呼ばれるのか?

エヴァにおいては、生命の実系生命体を「使徒(シト)」、知恵の実系生命体を「人(ヒト)」と呼ぶ。

生命の実と知恵の実という、本来は相反する機能である両方を持つものを「神(カミ)」と呼ぶ。

2000年の時点では、第1使徒、第2使徒とも生命の実しか宿っておらず「使徒」となる。



 知恵の実系の人間(リリン)とロンギヌスの槍には、ヒトの名が冠せられており、生命の実を持つ使徒には天使の名が冠せられている。

ところが、同じ使徒でも、生命隊の源であるアダムとリリスには、天使の名ではなく人間の名が冠せられている。(羽根の数からいって、本来は、ケルビムとルキフェルでなければならない)

生命の実を持ち、使徒と呼ばれるのであれば、アダムとリリスは、ケルビムとルキフェルと呼ばれなければならない。

これは、本来は、アダムとリリスが知恵の実も持つ生命体(いわゆる神)であるということなのではなかろうか。

つまり、本来は、

アダム(人=10)+ケルビム(天使=01)=11

リリス(人=10)+ルキフェル(天使=01)=11

ところが、本来は11(=神)であるアダムから知恵の実(10)が無くなると生命の実(01)だけになり、アダムは、聖書でいうところの生命の実を守る青いケルビムになる。

アダムもリリスも知恵の実であるロンギヌスの槍が刺されると本来の姿になり、このとき天使の象徴である羽根が生える。(セカンドインパクトとサードインパクト)



もう一つ、おもしろい台詞がある。

第25話のミサトの台詞である。

「人間もね…リリスと呼ばれる生命体の源から生まれた18番目の使徒なのよ」

「(使徒について)人なのよ」「人の形を捨てた人類の…」

つまり、ここでは、人を使徒と呼び、使徒を人と呼んでいるのである。

人=使徒という新たな方程式が提示されている。

さらに、第26話のリリスの覚醒シーンでのシゲルの台詞「パターン青」「いや、ちがう人です」

明らかにパターン青、すなわち生命の実系の生命体をさして人と呼んでいるのだ。

しかも、このシーンでは、リリスには「まだ(知恵の実の象徴である)目(10)は生まれていない」のだ。



人(10)の形を捨てるということ(その1)

 第25話のミサトの台詞「人の形を捨てた悲しい存在」

本来11(=神)であるアダムは、人の形(=10=知恵の実)を捨てることによって生命の実を守る青いケルビム(01)になった。

これは、聖書と一致する。つまり、

アダムは、知恵の実(10)を食べて10(人)になり、

これによってエデンを追放された。(神=11ではなくなった)

そして、青い天使ケルビム(01)は、知恵の実(01)を守る天使となった。



では、人類とは何か?

第八話のゲンドウの台詞:「ああ、最初の人間アダムだよ」

アダムは第1使徒である。

人間と人類を同じ言い回しだとすれば、使徒もまた人類であり人間であるということになる。



人と使徒と神の定理

以上のことから、エヴァにおける人、使徒、神、人類、人間の定義を導き出すと以下のようになる。


<第弐拾四話まで>

神→生命の実と知恵の実の両方を持つもの(本来の生命体の源)

使徒→生命の実を持つもの

人→知恵の実を持つもの


<第25話以降>

人類=人間=人→生命体の源(=神)と使徒と人間のすべてを含むもの

神→生命の実と知恵の実の両方を持つもの(本来の生命体の源)

使徒→生命体の源から生まれた生命(使徒と人、すなわち第3使徒から第18使徒)



そして、

使徒は人であり、人は使徒であった。

つまり、本来の生命体の源(11)から産み落とされる生命もまた、本来は知恵の実と生命の実の両方を持つもの(11)なのではなかろうか。



生まれるものの定理

今度は、クローン(コピー)ではなく、単に生まれる場合の生命機能はどうなるかを考えてみたい。


●人(10)が生んだ生命体=人(10)

●01状態の生命体の源(01)が生む使徒=01(いずれも、目が無い)

●では、本来の11状態の生命体の源から生まれるのは、人(つまり10)の形を捨ててない本来の使徒(11)であろうと思われる。

使徒(01)+人の形(10)=11である。


 つまり、クローンの場合には、生命体の源のクローンにおいてのみ機能の逆転が起こるが、生む場合には、全ての場合において機能の逆転は起こらない、と言える。

 さて、人はリリスから生まれたにもかかわらず10である。

「生む場合には、全ての場合において機能の逆転は起こらない」のであれば、これは矛盾している。

01状態のリリスから生まれる生命は、01でなければならないし、11状態のリリスから生まれる生命は、11でなければならない。

「人がリリスから生まれ、しかも10となる」のは、「人はリリスのコピーとして生まれた生命である」場合のみである。

私が、リリンがリリスのコピーであるとするのは、このような理由からである。




 

 

 

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